挿話74 立花誾千代(キタカ国将軍)
「はぁー…………暇だわ」
イリスらが出発して1週間が経った。
その間、何をしていたか。そう何もしていない。
ただ陣地を移動して、ローカーク門から1キロもないところでずっとにらみ合いをしているだけ。
もちろん、敵を前にして何もしないでいるほど辛いことはない。だから兵たちには陣地の普請と偵察、あとはローカーク門に向かっての挑発行為で体を動かさせている。
けど軍を束ねる身としては退屈極まりない。
そりゃため息の1つや2つ出るわよ。
ここ数日になって、ローカーク門の向こう側から連絡が届いてきた。どうやらイリスは派手に動いているらしい。
帝都周辺のゼドラ軍を駆逐して、今や帝都からローカーク門に至る地域はこちらの味方となっているという。
羨ましい。
活躍の度合いじゃない。いっぱい動き回れて、だ。
父上の後を継いだ時は良かった。父上が後継にいながらも、自分の好き勝手できたから。武術鍛錬の時間も楽しかった。
けどあの男を迎え入れてからつまらなくなった。ずっと奥に閉じ込められて、なら鍛錬で気晴らしでも、としようとすれば、
『お前がそんなことをする必要はない。お前のことは俺が守る。たとえそれが滅びの道だとしても。俺はお前を誰にも渡さない』
あー、もう! あの馬鹿男! なんなの! 少しは私の気持ちも汲んでよ! 暴れられない鬱屈を吹っ飛ばすようなことさせてよ! でも私のこと気にかけてくれるのすっごい嬉しいんだけど! 俺が守るだってー、にへへ。やっば、頼もしすぎない? いや、てかそんなこと言うなら、もっとグイグイ来なさいよ! 何に遠慮してるのか知らないけど、手もつながないとか奥手というかなんというかー、あーもうだんだんムカついてきた!! ふざけんな、あの馬鹿夫!
「あー、ほんとついてけばよかった。てかこんな時になんでいないのよ! ほんと使えないんだから。もっと私といる時間を大事にしろっての!」
「おお、欲求不満かギンチヨ。なに、寂しがることはない。そういう時は私の胸に飛び――」
「雷切!」
「ぎゃあああ!!」
ふぅ、これでバカは滅びた。
雷に撃たれたスキピオは数秒体を硬直させ、
「って、いきなりなにするんだギンチヨ!」
「それはこっちの台詞でしょ。なに。さっきの勝手に私の頭の中を代弁しないで」
「いや、全部君がぶつぶつ言ってたんだが!?」
「……言ってないし。全く、これっぽっちも、微塵たりとも、あのクソ馬鹿鈍感奥手天才超絶格好いい旦那のこととか言ってないんだけど。え、てか女の子の独り言を聞いてるの? キモイんだけど。……いや、やっぱキモイんだけど」
「ローマの英雄にその仕打ち酷くない!?」
「いや、ローマとか知らないし」
「知らない!? 世界の中心だよ!?」
「少なくとも私の中心じゃないわ」
「辛辣ぅー!」
ああ、なんかどうでもよくなってきた。この男を見てると、私の悩みなんかちっぽけなものだって。
それにしてもいきなり現れて、この男は。
「分かった。あんた、暇人ね」
「いやー、今ここで一番忙しい人間にそれ言う? ようやく86時間ぶりに少し時間空いたから、同僚の悩み事相談でもしてあげようと思ったのにー」
「それで第一声がアレ? ……バカじゃない?」
「そのストレートな物言いが好き!」
「さて、雷切ってどこまで威力上げられるかな。今後のために確認しておかないとね。不幸な実験体を使って」
「あのー、つかぬことを聞くけど……その不幸な実験体って誰かな?」
「言わないと分からないの、ローマとかいう自称世界の中心を救った天才軍師様?」
「分かった! 分かったから! もうビリビリはノン!」
はぁ。なんでこいつが天才軍師なんだろう。イリスもこいつといて疲れないのかな。
できればもう付き合いたくない。……こいつと張り合う筋肉馬鹿もいなくなっちゃったことだし。
…………うん。
いや、でも1つだけ聞いておきたいことはあった。
「で、天才軍師様に聞くけど、私たちはいつまでここでのんびり構えてればいいわけ? あまりに待ちぼうけ過ぎて牛になるわよ。……スキピオの体が」
「ははは、ギンチヨはジョークが上手いなぁ。さーて、どれくらいだろうねぇ」
「らいき――」
「はい、あと数日です!」
「数日ねぇ。でももうイリスは向こう側を制圧してるんでしょ? ローカーク門、挟撃するなら今が機会じゃないの?」
「一応聞いておくけど、ギンチヨって軍略をどれくらい学んでる?」
「一応、父上から手ほどきを」
父上の手ほどきは、座学でも容赦はなかった。
それでもどちらかといえば父上は戦場に立つ側の人間。戦術の方に偏りがあったとしても仕方ない。また、私の年齢もあって講義は主に戦術論の方ばかりだった。
けどそれを言うと、目の前のこの男に馬鹿にされそうで、口をつぐんだ。
「ああ。確か一国の宿老を任された百戦錬磨の猛将だとか。それに話に聞くジパングの戦術。ふむ。ならある程度は仕方あるまいな」
「何が仕方ないってのよ」
「ある程度の思い違いというかな。あのローカーク門。落とすのにどれくらい兵力がいる?」
「確か城攻めは守備兵力の3倍が基本でしょ。で、今あっちには2万ちょい。だから6,7万じゃない?」
「残念、応えは15万だよ」
「はぁ!? なにそれ。7倍以上ってなによ!」
「仕方ないんだ。それほどにあのローカーク門は難しい。50メートル近い分厚い壁は、ちょっとやそっとの攻城兵器じゃ歯が立たない。左右を挟む山岳も攻略には向かない。それでも力攻めに力攻めして、ようやく門を抜くことができるのが15万って兵力だよ。ああ、それにはその後に逆襲してくるだろう敵を撃退するための予備兵力もいれてだけどね」
「うぅ……な、なら! 私の雷でドカンってやればすぐでしょ?」
「いやいやいやいや、絶対やめて? 敵がいなくなったら私たちが使うんだから! 絶対やめて!?」
「やめてって言われるとやりたくなる」
「やーめーてー!」
困り顔で懇願してくるスキピオを見ると、本気でやりたくなるんだよね。
でもまぁ。確かに。それほどの城門なら、しっかり守っておく必要もあるわけで。
「あ、ちなみに門は外に向いている反面、内側から弱いからね。雷落とされて守りが弱くなっている上に、撤退した敵が弱い西側から攻めてきたらどうしようもなくなるから。本気でやめて?」
「はいはい、分かりましたよ」
ちぇ、少しは鬱憤晴らせると思ったのに。
なんて唇を尖らせていると、足跡が複数。
「おいおい、嬢ちゃん。物騒なこと言ってやがるな」
先頭の男――確か土方歳三と言ったっけ――が皮肉めいた表情を浮かべてそう言った。




