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第106話 残軍決戦

 なんというか拍子抜けだった。


 敵の陣地に夜襲をかけ、敵が反応したら撤退。そこで待ち伏せていた八重の率いる鉄砲隊200人による射撃で迎撃。ひるんだすきに撤退して、鉄砲の火力に有無を言わさずじわじわと敵の数を減らそうと思ったんだけど……。


 まさかここまで簡単だとは。

 相手は何を思ったか、3千ほどの軍を出してきたので簡単に蹴散らせた。それから何度も同規模の敵が来たので、時にいなして素通りさせ、時に完全包囲したり、時にわざと包囲させてその一点を突破したりして撃破していった。


 猪突猛進に戦力の逐次ちくじ投入。

 戦闘では下策と言われる行動をここまで露骨にするとは。相手の指揮官はまぁ言葉を選ばずに言うと何も考えてない馬鹿だということだ。


 こちらの兵数が分かってるのだから、陽が昇って兵力差でじわじわ押されればいずれ僕らは壊滅するか逃げるしかなくなるのに。大軍の強みをまったく活かさず、大軍に不利な夜間での戦闘を実行した時点で相手の将のうつわは知れた。


 しかもその相手が――


「うぉっほん! 我こそはゼドラ帝国近衛騎士団長エラウィ・マッケーンである! 貴様ら、頭が高いぞ!」


 縄をかけられた相手がここまで尊大になれるなんて。何を考えてるんだろう。

 ずっと思ってたんだけど、もしかしてこの世界の軍人って総じてレベル低い? これがゼドラの中で上位にいるなんてよほど人材不足ということか。

 もちろん、こういった無能が軍の中に1人2人いるのはありえる。ただ、この状況。敵の本拠地近くにいる敵を迎撃するのに、これを出してくるということは、これが一番まともということ。


 この仮説を補強するのはまだある。

 前々から思ってたけど、どこの国もイレギュラーが軍の実権を握りすぎている。いや、これだけのメンツを集めれば、それはもう任せるしかないんだけど。それにしても、だ。

 僕としては認識が覆ったのであまり言いたくはないが、あの机上の空論で有名な趙括ちょうかつでさえトント国の指揮権を持っていたのだ。まぁあれは全権ではなかったけど。


 つまりこの世界において、イレギュラーを越えるような軍人はいないに等しい。まともなのはタヒラ姉さんくらいか。けど姉さんも軍の指揮というより個人の武って方だからなぁ。


 だからこそこの近衛騎士団長というのが出て来てるわけで。

 これからもこういうのが相手だと助かるなぁとちょっと思ってしまっていた。


「それでイリスちゃん、どうするの? この人」


 ラスが首をかしげて問いかけてくる。


「うーん、そうだなぁ」


 正直迷っている。

 僕らには捕虜を取るなんて余裕はないから、このまま連れてくのは邪魔だ。現に彼の周囲を取り巻いていた兵は、武装解除したうえで縄で縛っている。

 多分、陽が昇って僕らが出発する時に、解放することになるだろう。再び兵力になる危険性があるというのは重々承知だけど、捕虜になった相手を無抵抗の人間を殺すことなんてできない。

 甘いのは分かってる。僕らがやっているのは戦争だ。そこで情けをかけても苦しむのは僕や味方だ。


 だけど。だけどこれをやってしまったら。

 あの白起と、同じ土俵に立ってしまうということで。

 これまでやられてきたこと、そして何より姉さんを奪おうとしたこと。それを考えると、あの男と同じところに行くのは嫌だった。


 まぁ、ちょっとだけ利用してやろうって気分がないわけじゃないけど。


 幸い、ラスも八重も何が何でもやれというタイプじゃなかったから、とりあえず放置しておくことにした。僕らが離れればここはまだ敵地。敵が救出に来るだろうし、何よりそれほど厳重に縛ったわけじゃないので、1日あれば勝手に自分たちで脱出するだろう。

 土方さんがいたら「全員斬れ」ってことになりそうだったから、そこは良かったこと。


「おい、そこの女子おなご。わしの縄をほどいてくれんか? なに、そうすればお主はわしを救った英雄だ。なんならわしの側室にしてやらんこともないぞ? こんなところで無駄に死ぬことはなかろう。わしの屋敷で贅沢な暮らしをすればいい。な? な?」


 このうるさいのに数時間付き合うのは辟易としたけど。


 だが、その僕の甘い期待は、陽が昇ると同時に裏切られることになった。


 数時間の休息を交代で終え、出発をしようとした時だ。


「二時の方向に敵軍!」


「全軍、戦闘準備! 捕虜を前へ!」


 敵の本陣近くに居座っていたんだ。敵が現れるのは重々承知のうえだ。昨夜、打ち破ったといっても皆殺しにしたわけじゃないから、それらが集まって再び向かって来るのは予想できた。


 こちらに捕虜がいれば敵は動く。奪還か、交渉に。

 奪還するなら迎撃してさらに相手の数を削れる。

 交渉するならこちらに有利な条件を呑ませる。


 どちらに向いても僕らに損はない。


 だから相手から見える位置に捕虜を置いた。武装解除した白い布服の男たちがずらりと並ぶ姿。陽も登っている以上、相手から見えないわけがない。


 だからあとは相手の反応待ちだ。

 動かずにこちらの隙を狙って奪還するか。

 あるいは軍使を向けて交渉するか。


 だが相手は全く違う、第三の選択肢を選んだ。


「射よ!」


 同時に数百本の弓矢が空を覆い、こちらに向かって来る。

 奪還の攻撃。そう見えたのは一瞬。


「ぎゃ!」


 悲鳴があがった。味方の兵じゃない。味方は敵から奪った盾で弓をなんなく防いでいる。

 悲鳴をあげたのは前。捕虜の列から。


 捕虜は武装解除したから当然鎧も盾もない。

 しかも手を縄で縛って座らされているからすぐに動けず、密集しているから身動きができない。

 だからその無防備な状態で敵――といっても彼らからすれば味方。それに討たれるなんて予想もしなかったはず。


 それは僕も予想外だった。


 だがその答えは、相手の問答によって判明した。


「な、なにをしておる! わしだぞ! エラウィ・マッケーンだ! 栄えあるゼドラ帝国近衛騎士団長であるぞ!」


 捕虜となったエラウィが叫ぶ。

 だがそれに答えたのは嘲笑をもった声で、


「これはこれはエラウィ殿! そのようなところで何をしているのかと思えば……浅ましい。敵に捕まるとは。そのような者が栄光あるゼドラ帝国の近衛騎士団長であるわけがない! この私、カチーマ・ノライデカこそが正当なる近衛騎士団長にふさわしい!」


「おのれぇ! カチーマ! 裏切ったか!!」


「裏切ったのはエラウィ殿でしょう! 全軍、あの辺りを狙え! その後に帝国軍など踏みつぶしてくれる!」


「貴様、ゆるせ――ぎゃ!!」


 集中した矢に、さすがのエラウィも防ぎきれずに十数本の矢を体に受けて倒れた。


 同士討ちだが、それを引き起こした原因は僕にある。

 ただ、こうも卑劣な手を使われれば心苦しさもなくなり、怒りしかなくなる。


 当然、敵が罵り合っているのを黙って聞いている僕じゃない。

 部隊を2つに分けて、敵の左右に配置する。それでも敵は矢を、捕虜となった味方に集中するのに夢中になっているようで、こちらに対する攻撃はない。


 それで相手の将、および兵の質というのが分かった。

 いや、昨日の時点でそれほど優秀な相手ではないのは分かっていたこと。


 だからこそ、これで勝てる。


「放てっ!」


 敵の左翼方面に展開した部隊から一斉に鉄砲が放たれる。

 八重の率いる鉄砲隊を含む1千だ。

 矢を撃つことに夢中になっている敵はその一斉射で100人あまりがバタバタと倒れる。


 それでようやく危機を知ったらしい。


「おのれ、こちらが攻撃している時に卑怯な! 全軍、あの卑怯者どもを殺せ!」


 あ、ここまでか。


 それは相手の迂闊さを完全に見切った瞬間だった。

 そしてそれはこちらの勝ちになる。


「全軍、突撃」


 そうつぶやくと同時、馬を走らせる。

 敵は八重たちを狙って僕らとは反対側に向かっていく。しかも1万ちょいの全軍でだ。

 八重の部隊は鉄砲があるとはいえ1千。しかも鉄砲は再装填に時間がかかる。八重のスキルで間断ない射撃はあるけど、所詮は1人だ。勝てっこない。


 1千くらいしかいないのだから、部隊を半分に割ってもいいのにそれを全軍で向けるとは。戦いを知らないというかなんというか。


 それでも文句はない。

 こちらが完全に勝つ道筋が見えたのだから。


 だから僕は敵の右翼側に分けていた残り2千ほどを率いて突出した。

 敵の右翼。方向転換し、八重の方へ向かおうとしている敵軍。その背面に喰らいついた。


「この、馬鹿野郎!!」


 それは敵の将に向けての言葉だったけど、そこまでは届かないので、その溜まった怒りを晴らすかのように赤煌しゃっこうを振るった。


 当然、敵も反撃に出る。

 そしてそれは敵の大将にも伝わったらしく、今度はこちらに向けて軍を移動させようとする。


「退け」


 僕は冷静にそう告げて反転。

 敵が追いかけてくるのを適当にあしらって距離を取る。


 するとその背後――これまで狙われていた八重の部隊が前に出て再装填が完了した鉄砲で再び一斉射。さらに倒した敵から奪ったらしい弓矢で援護射撃も始めた。


 それで敵は崩れた。

 ここで部隊を割ってそれぞれ当たれば相手にも逆転の手はあっただろうが、それはなかった。あの大将がそれを許さなかったのか、それとも兵たちにそこまで考える頭がなかったのか。きっと両方だろう。


 敵は再び八重に向かえば、八重は逃げ、僕が後ろに噛みつく。

 それに反応して敵がこちらに来れば僕は逃げて八重が射撃を加える。


 その間断ない左右からの攻撃に耐えきれずに、敵は混乱し最後はどちらにも動けなくなって止まってしまった。

 そこでも防御のために陣を厚くしようとせずに右往左往している敵の将を見た時、僕は止まらなかった。


 一直線に敵の将に向かって駆け、相手が何やら騒いでいるのを聞き流して、


「疾っ!」


 赤煌しゃっこうで叩き落した。ラスを含めた皆が敵将の周囲を掃討していく。

 それで勝負は決まった。


 軍を統括する将が討たれる。

 それはこの世界、この時代において負けと同じことだった。


 絢爛豪華な鎧をまとい、えり好みされた武器を持ち、武勇においても強靭なはずの大将が負けたなら、部隊長や雑兵レベルでは勝ち目がないということ。

 その恐怖は戦場にいるという高揚感を吹き飛ばし、一気に身を縮こまらせる。そして誰かがその恐怖に負け逃走を図れば、あとはなし崩し的に全てが逃げ始める。そこでとどまったところで、他の皆が逃げれば死ぬのは自分だからだ。


 そうなれば裏崩れ、というほどではないが完全に軍としての機能は停止し、壊乱という状態になる。


「やった! 勝ったね、イリスちゃん!」


 ラスが逃げていく敵を見ながら快哉をあげる。それにつられて、兵たちも大声で勝鬨かちどきをあげた。


 勝ったは勝った。

 しかも味方に犠牲はほぼない状態。完勝だ。


 けど死屍累々の元ゼドラ軍の捕虜たちや、何もしないまま打ち倒されたゼドラ軍の兵を見ると。

 無能なトップの下にいるということの恐怖が僕にも分かる気がして、素直に喜べない自分がいた。



切野蓮の残り寿命76日。

※軍神と軍師スキルの発動により、2日のマイナス。

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