挿話73 エラウィ・マッケーン(ゼドラ国近衛騎士団長)
「むっふふふ、絶景! 壮観! ゆえに雄大! これぞ我が新生・ゼドラ近衛団の初陣ぞ!」
原野を進む2万の兵を後方から眺める。それが許されるのは、このわしがゼドラの軍を統括する近衛騎士団長だからだ。
陛下のお傍を守る近衛騎士団。つまり陛下の兵すべてを統括するのと同じこと。戦陣に立って30年。決してあのハクキとかいう薄気味悪い小僧であっていいわけがない。
それにしても小癪な帝国の雑魚どもめ。
いや、今やゼドラこそが帝国。それに歯向かうとは世界に歯向かうと同じ。
「きゃつらは帝国に歯向かった逆賊だ! 逆賊は極刑に処す! 皆殺しだ! 我ら正義の軍はその天より来る炎の刃にて、逆賊どもを討滅するのだ!」
ふはははは! 良い気分だ。
これぞ皇帝直属の精鋭中の精鋭だ!
ただ同時に憤りも感じている。
そもそも地方軍が何をやっているのだ。たった2千かそこらの敵をどうして水際で撃退できなかったのか。そのせいでこのわしが出る羽目になった。
だがまぁいい。
こうして2万もの兵を率いることができたし、何よりここで敵を叩き潰せばハクキなんかよりはるかにわしの株が上がる。
敵がこちらに送り込んできたのは、後方かく乱のための部隊だろう。それを叩き潰せば敵の目論見そのものを瓦解させることになる。あのハクキが何日もぐだぐだと戦っている中。このわしはたった1戦で勝負をつけるのだ。
そして敵の策を叩き潰せばあとは烏合の衆。策が不発に終わったという混乱に乗じて、あのローカーク門の向こうにいる雑魚ども叩き潰す。
そうなればもはやゼドラ軍の総帥に立つのはこのわし。あのハクキという男は飼い殺し、いや、辺境に飛ばそう。いつも傍にいるあのトモエとかいうのは、わしがもらう。あの女、なかなか生きがいい。気の強い女は好きだ。屈服させて従順になる。その過程を楽しむことができるからだ。
それにもう1人、コトとかいう新参も可愛がってやろう。ゼドラ軍総帥のわしにかしづくのだ。喜ぶことはあれど、悲しむことはないだろう。
そう。もう少しだ。
明日にでも敵の軍を叩き潰す。策など要らない。10倍の兵力差なら、ただひた押しで勝てる。
ふふふ。そう考えると嬉しいものだ。
無様な策を使ったことで、このわしの戦績に華を添えるのだからな。
感謝しなければ。
感謝の気持ちとして、1人残らず撃殺してくれる。
そう野望を燃やし、そろそろ寝ようかと仮説の宿舎に入ろうとした時だ。
「て、敵襲!」
現れた兵が、息を切ってそう報告してきた。
「なに!? よし、ひねり潰せ!」
「敵の数は分かりません!」
「報告では2千とかそこらだろう! とにかく迎撃だ!」
「はっ、はは!」
まったく、血の巡りの悪い。
こんな馬鹿ども、さっさと最前線に送って死なせるに限る。
しかし、馬鹿なやつらめ。2千で2万に向かって来るとは。
奴らは己の死を早めたのだ。これは勝てぬと分かり、せめてこの俺を殺そうと無謀な突撃に出たに違いない。
愚かな。
そして哀れな。
そのような状況ならば、この俺もそうしただろう。
だがそうはならない。なぜなら俺は常に勝ち続けるからだ。勝つからこそ、こうして大軍を指揮する。それができない時点で敵は負けているのだ。
「敵、崩れました! 逃げていきます!」
「よし、追うのだ! 第一陣出ろ!」
「し、しかしすでに陽は沈んでおります!」
「ええい、馬鹿め! みすみすこの好機を逃すな! さっさとしろ!」
「は、はっ!!」
無能ものめ。
この機会を逃さずしていつ敵を屠るのか!
「報告! 敵を追った先陣、壊滅しました! どうやら敵は伏兵を置いていた模様!」
「む……ならば次だ! 第二陣!」
「第二陣! 敵の鉄砲隊により大打撃!」
「おのれ、鉄砲だと!? ならば第三陣、盾を持ってじっくり攻めるのだ!」
「第三陣、動きが遅すぎて敵を補足できず!」
「逃げるとは卑怯な! 第四陣、真正面に貫け!」
「第四陣! まっすぐ行ったところ、鉄砲隊に射撃され左右から攻め立てられて崩壊!」
「ぐぬぬぬぬ! ならば第五陣! 圧倒的兵力差で敵を包囲しせん滅する!」
「第五陣! 薄くなったところを突破されました!」
「この雑魚はつが! ならば第六陣は――」
「あ、あのー団長殿」
「なんだ!」
「第5陣までで1万8千が出払っており……残るは本陣のみとなりますが……」
「なっ!?」
馬鹿な!あと2千ほどしか残っていないのか!? あれほどいた大兵力はどこへいったのだ!?
いや、そもそも出撃したならなぜすぐに帰ってこないのだ! このわしが危険ではないか! どいつもこいつも……。
「あ、いたいたー、イリスちゃんいたよー!」
と、不意に戦場には呑気な、そして甘美な女子の声が響き渡る。
「まぁあれだけ馬鹿みたいな大声で騒いでりゃ丸見えだよなぁ」
「誰だ! この私を馬鹿にするのは!」
振り向く。
そこには乙女がいた。
しかも4人。おお、これぞ我が楽園!
なるほど。この乙女たちはわしの窮地にかけつけた援軍だな。素晴らしい。
「うむ、くるしゅうない。このわしについてくれば問題ないぞ。なに、わしがお主らの良き主人と――ぐほっ!?」
「あ、ごめんイリスちゃん。なんかわかんないけど、殴っちゃった」
「う、うん。まぁ敵だしいいんだけど、おしとやかなラスはどこへ……」
「いやぁん、イリスちゃんに褒められちゃったー!!」
「いや、褒めて……もういいや」
な、なんだ!? 何が起きた!?
まさか、このわしを殴った!? そんな恐れ多い。そのようなこと、皇帝陛下ですら手を出さないこのわしを!
「なにをするかぁ、下郎!」
剣を抜く。その鼻先に、何か丸いものが突きつけられている。
それだけで動けなくなった。この目の前にいる少女。金髪で、まだ子供でしかない少女を前にして。動けない。
「というわけで、帝国軍の捕虜になってもらうよ、お偉いさん」




