第105話 敵中の孤軍
決めたら早かった。
湾港から帝都まで馬車で1日の距離。
それはつまり、歩兵でも急げば半日でつくということ。
つまり今日の夜にはつく。
ただ2万もの軍勢がある以上、夜の移動や、夜襲には向かない。
だから到着、開戦は明日だろう。
とはいえ、街に居座ることはできない。
民衆は早く出てけと言わんばかりに僕らを敵対視している。このままここにいれば、敵はゼドラ軍じゃなく、ここにいる民衆ということになるだろう。
それは絶対に避けるべきだった。
だから総勢3千弱の兵を連れて街の外に出た。
一応、餞別という意味なのか。5日分の食料と武器は手に入れた。というか最初にもらった分と、この状況下でも僕らの味方をしてくれる商人がいて(きっと博打好きか大穴狙いで私腹を肥やそうという連中だろう)、そこから手に入れたものだ。
最低限の補給はできたこと。
それから明るい話題はまだ2つある。
『帝都周辺にいる軍に、少なくとも私が知る武将はいない。あのゲンサイみたいな一騎当千の猛者も聞かなかった』
それは千代女からもたらされた情報。
イレギュラーがいるかどうか。それはこの戦局を大きく変えることになるから、その情報は一字千金ものの価値があった。
そしてもう1つが、街を出たということ。
これは当初の予定通りといえばそう。あのまま街に縛られれば、じわじわと締め付けられて全滅するしかなかった。外に出たからこそ、3千の兵は生きる。敵の後方かく乱という本来の目的ができるのだ。
「イリスちゃん、どうするの。とりあえず隠れて敵をやり過ごす?」
ラスが不安そうに聞いてくる。
敵中にたった3千弱で、確かな足場も補給路もないまま、2万もの敵を相手にすることを不安に思っているのだろう。
その気持ちは分かる。
分かるけど、それだけに容易に頷けなかった。
「ダメだ。3千もの兵が移動すれば敵に見つかるのは間違いない。それに分散したとしても、それは各個撃破の的になるだけ。敵の目がどこにあるか分からないしね。敵じゃないにしても、さっきみたく、住民が通報しないとも限らないから、とにかく今は進むしかない」
そう。ここで止まっても意味はない。
逃げ回るだけでも意味がない。
僕らはここに戦いに来たんだ。少なくとも真正面からじゃないけど、相手をかく乱し、かき回し、混乱させる。
それがいきなり逃げ腰じゃ来た意味がない。
それにもし、小さくても勝利を積み重ねることができれば。風向きが帝国の方に傾けば。
あの街に最初に到着した時のように、旧帝国の民衆が立ち上がってくれる。そう思っているから。
だからまずこの2万。
最初にして最大の敵をどうにか、小さくても勝ちを積む必要がある。
そのためにどうするか。それがずっと頭にあるんだけど……何も思いつかない。少なくとも明日の昼ごろ。そこまでに決めないと、敵は間違いなく僕らを捕捉する。そうなった時に何も思いつきませんでした、じゃいられない。どうする。
「なぁイリス」
と、考えに耽る僕に、八重が話しかけてきた。
ただその言い方がぶっきらぼうに思えたのだろう。千代女が口を挟んできた。
「イリス、なにこの女。無礼だから……殺していい?」
「あんだ? やる気か? そんなひらひらした服着て、ムカつくやつだ」
「ちょっと、2人ともいきなり喧嘩腰!?」
てかなんでイレギュラーの人たちは基本、初顔合わせで殺し合おうとするんだ。物騒すぎる。いや、これが戦乱の世に生まれた人の性質なのか?
「だって、イリスに無礼」
「僕に無礼とかないから、千代女!」
「じゃって、こん女ムカつぐ」
「初対面だからってそういうのやめて!?」
ほんと血の気が多いと言うかなんというか。
ただそんな一触即発の状況。
話に割って入ったのは、最後の1人。
「うふふ、まぁまぁ。でも八重ちゃん、だっけ? イリスちゃんにもしこれ以上、生意気言ったら……ひねりつぶすから」
怖いって、ラス!!
八重どころか百戦錬磨の千代女も顔が青ざめてるってどんだけだよ。
はぁ、これで大丈夫かな。結構危機的状況にいるんだけど。
「あ、そういえば八重。なにか言おうとしてたっけ」
「ん……ああ、そうだった! 街に出る時にもらった物資があるんだけど、そん中で使えないかなと思ったものがあって」
あ、そういえばそこらの物資の管理はラスと八重にお願いしていた。その後はどうするかで頭がいっぱいで忘れていた。
このまま当てもなくふらついてても無意味だし、休憩もかねてそこらへんの物資のチェックもしておくか。
「よし、ちょっとここらで休憩しよう。飯の準備と、今日はここで野宿になるからその準備もしよう」
「あ、イリス。ここから南東に2キロくらいのところに、人がいない村があった。多分、ゼドラに襲われた。民家もそれなりにあるから使えると思う」
先にここらを調べてくれていた千代女が言うなら間違いないだろう。
「そっか……じゃあ、村の人には申し訳ないけど使わせてもらおう」
きっとここらにはそういった村がいくつもあるんだろう。それを考えるとやりきれない。
だけどここはその人たちの無念を晴らすためにも、使わせてもらうことにした。
そしてたどり着いた小さな村。3千人が暮らすには不向きだけど、一晩の宿とするには十分だった。
そこで兵たちがそれぞれの作業に回る中。僕は八重と物資のチェックにいそしんでいた。
そして見つけた。
「これは……」
見つけたのは新式の銃。それも200丁近くある。
こんなものをえいこら運んで気づかないってのは馬鹿みたいだけど。それでもこれは……。
「あ、それそれ。おらの異能で銃はあるけどよ。なんだったら使わせてもらえないか――」
「ありがとう、これで勝ったぞ!」
「わ、わわ!? イ、イリス!?」
八重が戸惑うのも構わず抱き着く。
それだけこの発見は大きい。
そう。鉄砲があれば。何も真正面から戦わなくていい。むしろ勝つことだってできる。
あとは情報。千代女。パズルのピースがどんどん、加速度的にはまっていく。行ける。勝てる。いや、勝つ。
柄にもなく高揚した状態。
ただ、それも一瞬で冷や水を浴びせられた。
え、敵襲?
違う違う。それよりもっと厄介なもの。
ガシャン!
金属がはじける音。
いや、落ちた。金属でできたトレイと皿が地面に落ちて激しく音をかき鳴らしたのだ。
その発生源。
ラスがいた。
ラスが、僕の前で硬直したように突っ立っている。その下には散乱したトレイ。そこにあったのは今日の夕飯だろう。スープとパンにサラダを突っ込んだだけのもの。野菜とか足の早いのはさっさと使わないと無駄になる。って、今はそんなことを考えてる場合じゃなく。
なぜ彼女がそれを落としたのか。
決まってる。僕を見たからだ。
“八重と抱き合っている僕”を見たからだ。
高揚した体温が一気に氷点下まで下がった思いだ。
あのラスがこんなところを見たら。一体何を思うか。いや、何をしだすか。
「うふふ。イリスちゃぁん。なにしてるのかなー?」
怖い。その笑いが怖い。目が笑ってないのも怖い。
ざっざっと一歩一歩近づくその足音が怖い。
そしてラスは目の前に来ると、その右手を振り上げ、
「イリスちゃんの――」
「待て、ラス! 話し合おう! ここは平和に、なぁ!!」
「馬鹿ぁーー!!」
平手打ちの乾いた音が、夕暮れの闇に響いた。




