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第104話 橋頭保

 結論から言うと、僕らは何も問題なく旧帝都の湾港に着岸した。

 守備兵もほとんどいなかったのもあるし、何より陽が昇り始めた中に薄い霧が発生したために相手はこちらの接近に気づかなかったほどで、制圧にはほんの十数分かかればよかった。


 ただそこで完全に隠密行動がバレた。

 それは逃げた敵が仲間に伝えたというわけじゃない。完全に奇襲がハマり、逃げた敵はいないはずだ。


 どちらかというと味方――というか湾港に暮らす住民によるものだった。


「イース国のイリスにラス……殿!? あの帝都防衛戦では先頭を切って戦い、陛下の信任熱き忠臣の中の忠臣! おお、どうか我らをお助けください!」


 街はそんなこんなで大騒ぎになっていた。


 えぇ……いつの間にそうなってるの。

 確かにラスは皇帝の側近の地位を確立しているけど、あの時の帝都での戦いは生き残るためにただ必死だっただけ。まだ皇帝がどうだって気持ちはあんまりなかったし。少なくとも僕は。


 それにそもそも帝都の人たちは、イース国の僕らを田舎者と見下して色々嫌がらせをしてきたわけで。それがこの手のひらクルーズというのはなんというか、すっきりしない気分だ。


 ただそれによって僕らがここに来たことがはっきりと帝国にバレた。

 よほどゼドラに痛い目に遭わされていたのだろう。占領地の圧政により誰もが生きた心地がしなかったのだからそれも当然なんだろうけど、僕らが解放しに来たという噂が一瞬で駆け巡り、付近から志願兵として2千もの男女が集まって来たのだ。

 それをゼドラ軍が検知しないわけがない。


 というわけで密かに上陸して、その後には各地に身を潜めて奇襲で敵の補給路を乱すという戦術は一瞬にして瓦解した。


 ポジティブな点を挙げるとするなら、敵地の内側に橋頭保を築けたこと。

 そして商人や地元住民による援助を受けられることになったことか。

 これによって一番の問題となった住処と食料問題は即座に解決した。兵力も増強された。

 ただ逆にいえば彼らも守らないことにはその援助も即打ち切られる。志願兵のことも考えると、彼らの住処である帝都北のこの周辺に入って来たゼドラ軍は問答無用に戦って追い払わないといけなくなったわけで。


 食糧問題は解決した代わりに、ゼドラ軍とは正面から戦って撃破しなければならなくなったという、良いのか悪いのか微妙な状況に追い込まれてしまった。

 兵力も増えたとはいえ、そのほとんどは素人。数も合わせて5千にも満たない。対するゼドラ軍は千代女の報告では2万とか。まだまだ全然、兵力差では不利だ。


 じゃあ船を使って連合軍から兵力を回してもらえばいい、という話かもしれないが、それには時間がかかる。その間に敵がこちらに向かって大軍を向けてくるとも限らない。

 何より今、せっかく拮抗しているローカーク門の戦況だ。そこからごっそり兵数をこちらに持ってきたら、その間に兵数が逆転した連合軍が撃破される可能性だってある。そうなればいかに増えたとはいえ、こちらは退路を失った孤軍。じっくり、じわじわと料理される。

 いや、その時にはこうして歓迎ムードの帝国の人たちも再び手のひらクルーズで僕らをゼドラに引き渡す可能性だってある。


「これは……参ったな」


「どうしたの、イリスちゃん?」


 ラスが問いかけてくる。

 僕はいちからその説明をしたけど、ラスは少し首をひねり、そして笑顔で、


「でも、皆が仲良くしてくれるならいいよね!」


 うん、いや、いいっていうか。仲良くって……うん。まぁラスがそれならいいんだけど。可愛いし。


 なーんか今。ちょっとヤバい感があったんだけど。


 続いて軍の統括を任せている新島八重も呼び出して今後のことについても話した。


「つまり、ここを鶴ヶ城(会津若松城)にするっつーことか!」


「え、いや、そんなことは言って――」


「なら、近くにすぐ城を築くだ。敵は待ってくんねぇ!」


「おーい?」


 あれ? なんかヤバい?

 能天気ラス猪突猛進やえしかいないのか、ここには。

 こう考えると、連合軍にいた時は土方さんとかスキピオとか色々話せる相手がいたのはやりやすかったな、と今更なこと。


 いや、落ち付け。まだ慌てる時間じゃない多分。

 確かにこの状況は想定外だったけど、災い転じて福となす。そうでなきゃなんのための軍師スキルだ。


 考えろ。

 とにかく1つの街を無傷で接収できたのはラッキーだ。住民や商人の協力を得られたのも大きい。

 しかも近隣から志願兵が集まってきているから、兵力も少しは増えている。地元の人間の強力ほど大きなものはない。


 よし、メリットはそんな感じ。


 逆にデメリット。

 当然、この街を見捨てることができないということ。ここから逃げ出しでもすれば今のこのお祭り騒ぎは再び手のひらクルーズになる。そうなったらもう帝都奪還どころじゃなくなる。

 そして僕らの存在が敵にバレたということは、間違いなく大兵力でこちらを潰しにかかる。神出鬼没の軍なら、少ない兵力でも脅威になるが、一か所にまとまって動かない少兵力なんて格好のまとでしかない。

 こちらの兵数は5千ほどで、その中には素人が半分近くいる。対する敵は2万。しかもやろうと思えば本国からほぼ無限に湧いてくるおまけつき。

 何よりこの立地。敵の支配地域のど真ん中。前には敵の本拠地が目と鼻の先にあって、後ろは大河で逃げられもしない。ゲームだったら開始数秒で攻められて滅ぼされる立地だ。


 勝てるわけがない。


 いや、待て待て。

 とにかく考えるんだ。この絶望的な状況。そこからなんとか上手いこと敵の侵攻を防いでいけるにはどうするか。

 標的にならないのは無理。いや、無理なのか。逃げるのはなし。なら敵の注意を逸らす。どこに。連合軍は足止めされている。こちらが動かないと。なら他に勢力はいないのか。

 兵数の差を埋めるのは無理。いや、無理なのか。あちらはほぼ無尽蔵に敵が湧いてくる。対するこちらはここにいるだけ。本当にそうか。船が使える。そこからエティンやキタカに援軍を。いや、そこまで持つのか?


 考えれば考えるほどドツボにはまっていく気分だ。


 それでもなんとか誤魔化し、欺き、時間を稼いでだまくらかす方法。わずかな光明。それが見えた。ような気がした時だ。


「イリス!」


「千代女!」


 ホッとした。

 再び陸路で帝都周辺を探ってもらっていた千代女に合流できたのは何より大きい。彼女が持ってきた情報もそうだけど、彼女の知識もかなりありがたい。

 さすが武田信玄の諜報部隊をまとめる人間だ。頭の回転も速くてこれからやろうとしていることの壁打ちにはもってこいだ。


 だがそれは彼女の報告を聞くまでのことだった。


 彼女は焦りもない様子でただ淡々と事実を告げる。


「敵がすぐそこまで来てる。数は約2万」


 その報告に。必死に考えてようやく考えついた作戦が、ガラガラと崩れていくのをはっきりと感じた。

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