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挿話71 巴御前(ゼドラ国将軍)

「白起様、入ります」


 そう言って、ノックというものをしてからローカーク門の白起様の私室兼指令室に入る。

 戸襖とぶすまではない木製の扉というのはどうも違和感があり、このノックというものもまだまだ慣れないが、そうしないと中の人の耳に声が届かないというのだから仕方ない。

 郷に入っては郷に従え、だ。


「白起様、お加減はいかがですか」


 白起様は部屋に運んだ寝台に横たわって寝ていたようだ。いや、私の声に即座に目で反応していたから寝てはいなかったのかもしれない。


「問題はない」


「そうですか。こちら、お食事になります。すぐお食べになりますか?」


「……頼む」


 少し悩むように言葉を詰まらせてから小さく漏らすように呟く白起様。

 ああ。おいたわしや。これほどまでに弱り切った白起様を見るなんて、このお方と出会ってありえないことだと思っていた。


 あのイリスとかいう怪力女。よくも白起様にこのようなことをだけどそのおかげでこうやって白起様の介護ができますありがとうございますでもそれは白起様に失礼なことだけどちょっと弱ってる白起様可愛らしいというのも失礼かけど病で弱った義仲様を見ているようでやはり可愛らしい愛らしいああ白起様に義仲様麗しい……。


「巴?」


「はっ、失礼しました! 愛らしいなど!」


「? 何を言っているのか分からんが。それより、戦況はどうだ」


「あ、はい。それが特に変化はありません。昨日は一日動きはありませんでした。どうやら休憩にあてていたようで、今朝は少し前に出てきていますが、特にこちらを攻める意志はなく、2キロの距離で停止しています」


 持ってきた食事のトレイを白起様の横に置き、そこからかゆ(無理言って持ち込んだ米をもとに自分で作った)のお椀とスプーンを取ると、それを白起様の口元へと運んでいく。

 それを白起様は小さく口を開けてぱくり。


「ぁむ…………ふむ。変わらずか」


「…………」


「どうした? 巴?」


「あ、いえ! なんでもありません!」


 あああああああ! 粥をもぐもぐ食べる白起様! なんて可愛らしい! ええ、もう遠慮しません。可愛らしいです! 愛らしいです! 尊いです!


「ふぅ。粥というのも美味しいものだな。あまり食べる機会もなかったゆえ」


 美味しいと言ってくださった! ああ、なんと至福! 眼福! 幸福、口福です!

 義仲様もご病気の時にはもうちょっと素直になってくだされば……。


「ところで巴。呂布はどうしている?」


「あ、呂布将軍ですか。あの人も困ったものです。そこそこ重傷なんですが、『治った』とか言って外に兵を連れ出しています。さすがにまともに動ける兵が少ないので、こちらから攻め入ることはしませんが」


「あのような男でも、いや、あのような男だからこそ戦の機微きびが分かっているのだな。今は攻めるべきではないと」


 今はこちらの方が兵数は少ない。ましてや白起様に呂布殿も怪我をしている。

 いかにあの飛将とはいえ、怪我を押して無理するわけではないようで、少し自分もホッとしている。


「敵も将も兵も多くを失った。すぐには動かないだろう。何よりこのローカーク門を無理に攻略するようなことはないだろう。そうなれば数日。こちらの傷が癒え次第、敵を壊滅させる」


「す、数日!? しかし白起様の傷は1カ月以上は……」


「王がそれを望んでいる。ならばそれを叶えるよう動くのが臣下の務め。そして最期まで徹底してやり抜くのが、数多の兵を殺した私の贖罪だ」


「白起様……」


 何故だ、と思う。そこまで無理をする意味があるのか。王の望みとおっしゃっているが、別に私はあの男に何を感じているわけはない。

 もし義仲様が望むなら、たとえ腕を一本失おうが、目玉をくりぬこうが戦い抜く。だがあの男に対してはそこまでの忠節心はない。

 ただ、なにか抗いがたい何かがあるのは確か。はっきりと命令を拒絶できない何か。言葉では言い表せない何か。


 私には白起様ほどの自己犠牲の心がないからなのか。

 あるいは、百万もの人を殺してきた、文字通りの贖罪の意味で命を燃やそうとしているのか。


 分からない。

 分かるはずもない。


 このお方の心境など。

 その数万歩も手前で足踏みしている私には。


「私にはそれしかできない。ならばそのできることをやる。それだけだ」


 そうではない。否定したい。

 ただ心のどこかでそれを押しとどめる自分がいた。


『俺は戦うことしかできない。男だ。だがな。そんな俺でもお前を守ることができる。強く抱きしめることはできる。俺をお前の一番にすることはできる。たとえそれが刹那のことだとしても。それが俺の生き様ってやつだ』


 そう、あの人が言ってくれたことを思いだす。

 その炎に似た義仲様の生き様と、氷のような怜悧な生き様の白起様。正反対のようで、どこかしら似ていると思わなくもない。だからこそこの2人に惹かれた。そういう思いがある。


 自分にこの人は止められない。


 戦っているところを見ていたいから。

 隣に立って共に戦いたいから。


 見苦しい自分本位の考えだと思う。

 それでもそれがとても美しいものだと思えるのは、私が生きる上でとても大事なことだと思っている。それを失うことはとても怖いことだと思っている。


 だからお支えしよう。このお方を。

 たとえその先にあるのが破滅だとしても。


 そうやって滅びるのもまた。私の生き様だと思うから。


 きっと。

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