第103話 遡上
日が変わった。
同時。暗がりの中を2千強の人数が動き出す。
イース軍が約1300、クース軍が1200の内容で、そこにゴサ軍の生き残りが100とちょい。
ゴサ軍は鶴の死によって帰国の途につくところだったが、どのみちイェロ河を下るならと最後の協力を申し出てくれた。100人ほどしかいない彼らだが、その出自は水軍がメイン。河口と川上の違いはあれど、同じイェロ河で慣れ親しんだ彼らはこの川を動くのに何より適した人員だった。
だから彼らを分散して船に乗船させれば、何かが起きても適切な対処をしてくれるだろうということでその申し出をありがたく受け入れた。
そうして僕らは一塊になって、月明りの下、ゆっくりと北上した。
目指すのはイェロ河の川岸。そこにはもともと皇帝や土方さんらが籠っていた砦があって、その近くにクース軍が乗ってきた船団が停泊していた。
その数は約100艘。
「本当は200くらいいた。んだども、さすがにずっと留めておくのは無駄だって半分は帰した。宰相さんがね」
と新島八重が教えてくれた。
「宰相……河井継之助か」
「そ。いい人だった」
「そっか」
僕はガトリングガンで撃ち殺されそうになったんだけどなぁ……。さすがに近代兵器を前にすれば、軍神といえども無力だからなぁ。もう二度とやりたくない。
「イリスちゃん、もう乗るの?」
ラスが不安そうに聞いてくる。
もとはといえば、敵の船なのだ。それに乗せてもらうというのはやはり警戒心が先立つ。
けど、ここに至って八重が裏切ることはないだろう。クースの兵たちもだ。……そう思いたい。
「ああ。すぐに出る」
「千代女さん……先に行ってるんだよね」
千代女は昨夜戻ってきた。
ローカーク門の向こう側、旧帝都付近を探ってもらっていた彼女が持ってきた情報は、この状況を打破するためのもの。
僕らがこうして密かに北上しているのは、全てゼドラ軍に気づかれないよう、イェロ河を北上するため。
そこから旧帝都の北に降り立って、一気にゼドラ国の太守を強襲する。
そのために僕らはこうしてここにいるのだから。
ただ――
『結論から言うと無理。さすがに1万の兵が帝都を守ってる』
その予定は変更せざるを得ないみたいだけど。
千代女が調べてきた限りだと、旧帝都にいる1万が、旧帝都とゼドラ国の太守を守っているという。
そのほかにも各地で鎮撫のための兵が巡回して、総数は分からないけど地域の広さを考えるとそれも1万。総勢2万が、ローカーク門に籠っている以外の兵力として残っているらしい。
敵は2万。
対するこちらは2千。
やれやれ。やっぱそこでも楽にはならないらしい。
けど僕らがやることは正面きって戦うことじゃない。
機動力と少数で敵を掻きまわしかく乱する。それで敵の守りを少しでも鈍らせれば成功だ。
そういった意味で、これからは情報が限りなく力を持つことになる。
だから千代女の存在が重要になってくるわけで、疲れているところを無理言って陸路を使って旧帝都にとんぼ返りしてもらったわけで。
「とにかく今はスピードだ。敵に気づかれる前に上陸して、可能なら姿をくらましてしまいたい。八重、早速だけど出航の準備を」
「分がった。やってみる」
電力や蒸気がないこの世界。当然、船を動かすのは人力だ。
だから昨夜に前触れを出してもらって、すでに漕ぎ手の人たちは出航をスタンバイしている。
それから僕らは100艘の船に分乗した。
ただ可能な限り、それぞれの軍を分散させないようにした。万が一、億が一を考えて、反乱を起こされたときに、兵数が多ければ勝てる可能性は大きい。
もちろん漕ぎ手や水夫を数に入れられるとどうしても兵数で負けてしまうが、その時は川に飛び込んででも生き延びてと伝えてはある。もちろん、この大河に飛び込んで生きていられるかは個人の力量だけど、そこはもう頑張ってもらうしかない。
さらに念を入れて、僕とラス、そして八重は一緒の船に乗った。兵数はほぼ同じ。
だけど僕が全力で戦えば勝てない数じゃないし、クース軍の今や唯一の大将である八重を抑えれば何とかなると踏んでのことだ。
それが杞憂であってほしいとはいえ、なるだけ打てるだけ手は打った。
それにラスや八重が気づいたかは分からない。ただ、何も言わずにわずか1時間もしないで船は岸を離れていく。
わずか4カ月前。
こうして同じようにイェロ河を遡上した時にはまさかこんなことが起きるとは思ってもみなかった。
あの時はラスがいて、カタリアにユーンとサン、カーター先生にムサシ生徒会長。そして中沢琴さんと高杉さんがいた。
特別派遣研修生として新たな生活に夢を描く、平和な旅立った。
それがこうして、今度は1か月暮らしただけだがこの世界の中心である帝都を攻めるために行くとは。
本当にこの世界はままならない。
あの自称死神のほくそえむ顔がちらちらと見えてムカついてならない。今度会ったらぶん殴ってやろう。
そんなことを考えつつも、頬を叩く風は前と変わらない。そう思いながら、過ぎ去る景色を遡る船の上で感じていた。




