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第100話 残され者の挽歌

 大祝鶴が死んだ。

 姉さんを助けて死んだ。


 遺体は今回の奇襲で亡くなった人たち、敵も味方も一緒に少し離れた林の中に埋めた。

 ゴサ国の人たちは、彼女の遺骸をゴサ国に戻したいと考えていたらしいが、今は7月の盛り。いくらくだりだとしても1週間近くの船旅では遺体がもたない。仕方なくここに埋めて遺髪だけ持って帰ることになった。

 彼女と同じゴサ国の人は、数こそ少ないけど、誰もが彼女の死に涙した。


 僕も、同じくらい泣いた。


 姉さんを助けて死んだと言っても、実際はその前に投降してきた新島八重を助けようとして致命傷を負っていたから、それが直接的な原因ではないみたいだ。けど、確かに姉さんが助かったのは鶴のおかげだろう。

 それほどまでに姉さんの回復は奇蹟だった。

 そしてその奇蹟を可能にしたのが、おそらく間違いなく鶴のおかげで、それはきっとスキルの何かがあったのだと思っている。


 タヒラ姉さんはそのことをはっきりと分かっているわけじゃないだろうけど、彼女の死を知って深く頭を下げ、そして気絶するようにして眠りについた。

 ほぼ死んでいたようなものだったのだから仕方ない。それでも姉さんが生きている。それだけでどこか救われる思いだった。


 そう考えると、僕はなんて冷血なのだろう。

 鶴の死は哀しい。胸が張り裂けそうだ。

 だけど振り返ればまだ出会って1か月しか経っていない。共にゴサ国の内乱という荒波を乗り切ったけど、深いところまで話し合ったわけでもない。


 対して姉さんとは1年以上の付き合いだし、数々の修羅場を共にくぐってきた。

 何より今の僕にとって肉親というのが存在感としてかなり大きい。


 だから鶴のことは悲しいけど、姉さんの死を覚悟した時ほどではなく、何より姉さんが生きてくれたことが何よりも嬉しい。


 だから冷血。冷酷。残酷。

 そう自分を責めたくなるほどに、まさに人でなしの感情だった。


「でもいいな。しっかりイリスちゃんにそう思ってくれるなんて」


 そう言って慰めてくれたのはラスだった。


 彼女とて、いや僕以上に鶴とのかかわりはない。それでも何か通じたものがあったらしい。

 羨ましいと。亡くなった鶴を見て、そう言った。


「もし、イリスちゃんが大怪我を負って。私の命を犠牲にすればイリスちゃんが助かるなら。私は迷うことなくイリスちゃんを助けるから」


「それは……困るよ。ラスを犠牲にしてまで生きたくない」


「でもきっと感情とか理屈とか。そういうのを越えたところにあるものだから、どうしようもないと思うの。きっと、あのも同じ風に思ったから、そうしたかったからそうしただけのことじゃないかな」


「それでも……生きてくれれば……」


「そう。生きていれば。だからイリスちゃん。あまり無茶しないでね」


 最後は釘を刺されたような感じだったけど、そもそも今回のことは僕が少し無茶をしたから起こったこと。

 鶴のことは僕の範囲外とはいえ、姉さんのことは僕の犠牲になったようなものだ。結果的に姉さんは助かったし、このことがなければ鶴のことをここまで重く受け止めることはなかったとはいえ、それでも僕の迂闊さには少し反省すべきところがある。


「項羽を討った。白起は負傷した。まずはその結果に満足すべきだろう」


 次いでそう慰めてくれたのは謙信だった。


「イリス。お前が責任を感じることもあるだろうが、そんなことは自分の中に収めておけ。それを外に出すのは、将として統べる者としては失格だ」


 だいぶ厳しい意見を言われたけど。


「何もかも嫌になったら、全て放り出して山に籠ればいい。救われるぞ。自分だけな」


 家臣の我がままに嫌気がさして、越後太守の座を捨てて高野山に登った人の言うことは違うなぁ……。


「ともあれ、あの娘のことは、我も知った人間ではない。だが、あの娘は満足して死んでいった。ただあのまま朽ちるより、誰かを救って死ねた。それだけでもああいう手合いは満足するだろう」


 という慰めなのか叱責なのか分からないような感じのことを言われたけど、まぁ激励として受け取っておいた。


 そしてもう1人。


「鶴には命を二度も救われだ。この恩は必ず返す。そうでなきゃ、会津ん立つ瀬がなか!」


 そう新島八重は言って、僕らの手助けをしてくれる約束をしてくれた。

 彼女自身。ゼドラ国に期するものがあるのだろう。


 失った命もあれば、助かった命もある。

 去っていく者がいれば、加わる者もいる。


 世の無常というか、不思議さというか。

 ともかく、クース国1千が味方についたのは大きなことだ。


 単純に兵力の問題というより、これでゼドラ国に対して味方する勢力はなくなったということが大きい。

 ゼドラ国以外は全て敵に回っている。しかも総大将の白起は負傷。3人の一騎当千の将は2人までが戦死、残る1人も少なからず傷を受けている。そして兵力についてもこちらが上回っているのだから、これで勝てなきゃ嘘だ。


 もちろん、こちらは連合軍という脆さはある。対する相手はたった一国で全国を相手取っているのだから、始皇帝の率いるしんのような強さはある。

 けど今はあちらが攻めてくるのではなく、こちらがローカーク門に押し込んでいる状況。

 白起が暴れた秦でもなく、始皇帝による天下統一に乗り出した秦でもない。

 白起が死に、魏の信陵君しんりょうくんや楚の春信君しゅんしんくん合従軍がっしょうぐんに追い詰められた時の秦だ。


 その時は秦の謀臣による離間の計で合従軍は分解したものの、こちらにはそういった危険はない。

 なぜならこの軍は皇帝によってまとめられていて、ゼドラ国の横暴と強さに危機感を抱いている人間ばかりだからだ。


 だから崩れない。

 崩してなるものか。


 そのためにはあのローカーク門を早急に抜く必要がある。それがどれだけ難しいか分かっているつもりだ。

 負傷しているとはいえ白起も呂布も健在。こちらも多くの犠牲を払ってきた。悲しい別れが多すぎて、今すぐ投げ出したい気持ちにもなる。


 けどここだ。

 ここで、一気に勝負をかければ、あの門を抜くことはできる。


 それが分かっているから。

 そして――それができる条件が整ったから。


「土方さんとスキピオに、お話しがあります」


 僕は、この戦いを終わらせる。そのために動くんだ。

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