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挿話70 大祝鶴(ゴサ国所属)

「八重ちゃん!」


 敵はすべて倒したはずだった。

 それでもどこか気の緩みがあったのか。あるいはそんなことは起こらないと高をくくっていたのか。


 見てしまった。

 分かってしまった。


 そうなったらもう。体が勝手に動いていた。


 八重ちゃんを狙う鎧武者。

 剣を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしているところ。八重ちゃんはそれを見て凍り付いている。状況の把握すらできていないみたい。

 彼女の味方はそれに気づいていない。今から気づいても時すでに遅い。


 だから私しかいない。私しか。彼女を助けるのは。


 出会ったばかりの彼女を助ける。そんなことに本気になるなんて、きっと人が知れば思うだろう。

 けど私はそうだった。大三島を。瀬戸内を守るため、誰かのために戦い続けてきたんだから。


 だから、味方もなくここで不遇を囲っている八重ちゃんを見ると、どうも手を差し伸べたくなる。守ってあげたくなる。


 それが私の。

 大祝の家に生まれた者の。義だと思うから。


 加速した。

 そのまま八重ちゃんの肩を突き飛ばす。


 次の瞬間。とてつもない痛みが来た。


 背中。斬られた。

 鎧なんて着ていない。もともと水軍で戦っていた。船から船に飛び移るのに、重い鎧なんて邪魔なだけだし、それで水に落ちれば浮かばない。

 それ以上に、私は象徴だった。大内てきと戦うための象徴。それが武骨な鎧を着こんで身を隠すなんて、士気にもかかわる重大事。


 それが今。仇になった。


「姫っ!!」「貴様っ!!」


 ようやく皆が異変に気付き、血まみれの敵にとどめを刺す。無念の言葉も吐かずに、敵は血の海に沈んだ。


 それを見届けて、ようやく私は膝をついた。体から力が、血が抜けていく。


「ああ、鶴! 鶴! なんで……」


「ふふ。だって……言ったじゃ、ない。友達、だって……友達は、助けなきゃ」


「おらなんかより、鶴が生きてた方がマシだ!」


「そんなこと、ないわ」


 私は戦いを呼ぶ女だった。

 生まれた時から神をまつることを宿命だてられ、それを力で侵すものと戦ってきた。つまり、私たちの存在が人々を戦いに駆り立てていた。


 それはこの世界でも変わらなかった。

 ただ戦うため。戦陣の象徴としての存在。


 それが嫌だった。

 ずっとずっと。普通に生きていたかった。

 お父様もお母さまも普通で、普通に畑を耕して、普通に夜は内職して、普通に毎日の生を実感する。そしていつかは……ステキな殿方と恋に落ちる。


 そんな普通が。


 けど私は普通じゃなかった。

 神のため。皆のため。戦いを求めざるを得なかった。


 大三島を侵す侵略者と戦わなくてはならなかった。

 上の兄が死んだときに、それはもう決定的となった。


 当然、私たちの力であの西国一の大内家に勝つなんて無理だ。

 いつか揉みつぶされて、ことごとく殺されるしかない。あるいは、皆が死ぬ中で私たち大祝おおほうりだけの人間が生かされる可能性だってある。瀬戸内を支配するために、大内の支配の中で飼い殺しされることもあるかもしれない。

 そして女の私は大内の人間に……。


 だからそうなる前に必死だった。

 いつ斬り死にしてもいい。奴隷のような生活を与えられる未来も、何もかも不要だった。


 ただ、いつか。

 普通に生きて。

 普通に友達を作って。

 普通に恋をして。

 そして普通に家族を作りたい。


 そう思っていたから。


 この世界に来て、そのうちの2つは叶えられたと思う。

 清盛のおじ様に公瑾様、坂本のオジサンは私の家族みたいに接してくれた。

 そしてイリスちゃんにカタリアちゃんたち。彼女は友達として私に接してくれた。


 そして今。また新しい友達を私は手に入れた。


 昔の私が見れば、羨ましさで死んでしまうだろう幸福を手に入れた。


 それだけで十分だった。


 普通を目指した私には十分すぎる果報だった。


 それにいつ来るかもわからない討ち死でもない。

 奴隷として凌辱される日々の果ての死でもない。


 友達を。

 それも2人も救って死ねるなんて。


 本当に素敵じゃない?


『確かにこの者を救うこと。それはできる。しかしそれをすれば、お前の命は……』


 瀕死のイリスのお姉ちゃんを見て、救おうと思ったのはそのお礼みたいなものだった。

 お父様の力をもってすれば可能なことだと知ったなら、そうしない理由はない。それだけのこと。


 だから泣かないで。イリスちゃん。


 あなたには幸せになってほしかった。

 あなたには泣いてほしくなかった。

 ただそれだけの、私の勝手な想い。


 だって、あなたと一緒にいた数か月が。これまで生きてきた十数年よりはるかに面白くて嬉しくて楽しくてドキドキしてしまっていたんだから。


 ああ。もしかしたら。

 これが恋なのかもしれないわね。


 それはとても素晴らしいことだわ。


 友情も愛情も知らなかった私に、最後の最期にこんな素敵ないろどりを与えてくれたんだから。


 私は友達のために戦って。

 私は友達のために頑張って。

 私は友達のために力を使った。


 うん。考えていたどの結末よりも。何よりも素晴らしいのだから。


 だから泣かないで。

 だから頑張って。

 だから生きて。


 私の恋人。


 あなたになら私の全てをあげられるから。

 そうすれば私は満足して逝けるから。


 わが恋は

 三島の浦の

 貝合わせ

 満ち足りとて

 名をぞ呼ばわん


 なんてね。

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