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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第090話 あの弟子にして、この師匠あり(その二)

「動けるなんておかしかないかい? これだけ濃密な呪詛に包まれて、どうなっているのやら」


 一つの老婆が、不思議そうな顔をして首を捻るように回転させる。傷つけられた別の顔を気にする素振りはない。


 その言葉通り、光を吸収するかにも見える闇黒色をした呪いの塊が、ラーネを中心に出現していた。


 常人ならば、闇の一端に触れただけで、正気を保ててはいられなくなる呪術を三老婆は行使していたのだ。


「あたしが、呪術を調べつくしちまったのが理由で、森を出て行ったのも忘れたのかねぇ」


 肌を這い回っていた黒い根を払い終わり、ラーネは彼女を取り囲んでいる呪詛を眺めて言った。


「忘れやしないね! お前の切り捨てた術が、どれほど強大な力を秘めているモノだったか、思い知らせてやるだけだよ」


 口汚い老婆の顔が怒鳴ると、周囲に渦巻いている呪いが濃度を増す。


「そうなのよそうなのよ。お前さんが去ってからね、わたしらがどれだけ呪術に打ち込んだことか」


 顔を傷つけられた老婆は、喋りづらそうにしながらも、穏やかな口調で戻ってきた。


「極めれば、あの女性(ひと)が興味を覚えて帰って来るんじゃないかいね? あの人……誰か帰る予定でもあったかい?」


「そんなんじゃないね! 一泡吹かせてやろうとしただけだよ。呪い殺してやろうとしただけだよ。魔女らを取り込んで延命したかいがあったってものさ」


 三つの老婆の顔が並ぶと、空間に充満した呪詛が、猛毒へと変化し、ありとあらゆる病を引き起こす大気へと変わり、腐敗をもたらす霧となって押し寄せた。


 老婆達は、ラーネの身体が奪えないと判断し、攻撃に切り替えたのだ。


 足元に生えていた草が、泡立った直後に、どろりと溶け落ちた。石や地面もが、腐臭を放っているようだった。


 鼻を摘まんだラーネは、臭気を払うかのように顔の前で手を振る。


「くっさいねぇ。不快にさせたいんだったら大成功だけどもさ、使う命の量を増やしただけなんだから、極めるだなんておこがましかないか?」


 皮膚はただれ、声を発することも出来なくなるはずの相手が、よりによって呪術に評価を下してきたので、老婆の顔達が憤るように闇の中を飛び回る。


「トリア大洞の土族と、クレタスの人族の命さえあれば! さんざん使い魔を送ってやったのに、使えないね!」


 口汚い老婆が叫ぶ横で、残る顔達は、言語として成り立たぬ奇声を発していた。


「使い魔だって? 魔獣もどきの間違いだろ。あんな異形にされた生き物なんざ、可哀想すぎて見ていられなかったさね」


 呆れ返ったラーネの言葉に、三老婆はぴたりと動きを止めて彼女を見やった。


 答えを求めるかのような表情であったため、ラーネは冥土の土産にと説明を付け加える。


「あー、土族……って呼ぶと怒られるんだっけか。あれだ『ドワーフ』に手をかしてやってね、襲ってくる黒ずんだ獣どもを排除してやったのさ。まぁ、あたしがいなくても、何とかしそうな感じではあったけどもね」


 種族名について「ドワーフだ」と主張してくる背の低い髭面おやじを思い出しながら、ラーネは帽子を直しつつ言った。


「「「お前か! トリア大洞に送った使い魔達を殺してくれたのは」」」


 老婆達は、怒りも露わに一斉に怒鳴った。


「もっともっと、命を集めれば、ずっと大がかりな術が使えたはずなのに」


「若返り、新たな肉体を得、大地に呪いをかけ、さらなる命を奪い、高度な呪術を」


「かー! 土族ども全てを、贄にできるはずだったのに、よくも邪魔してくれたものだね!」


 ヒステリックな甲高い声を吐きながら、老婆の顔がその場でぐるんぐるんと回りだす。


「結局、生贄の数を増やすしか能のない、くだらない技術ってだけさね。贄がなくなりゃ行き詰るってことぐらい、考えなくともわかるだろうに。クレタスにいる、あたしの賢い弟子なら、赤子の時分に気付いちまうよ」


 言い終わると同時に、ラーネは思考空間から数百にも及ぶ巨大魔法陣を引っ張り出し、呪いの森の上空に展開させた。


『ラーネの名を起動の鍵とし、呪詛浄化の術式を広域展開。任意点、仮称「三婆(さんばばあ)」を呪術の原点と定め、起点術式に入力、補正値ゼロ。巨大パッケージ「爽快呪詛御掃除魔法」の発動を許可す』


 ラーネの近傍にある物から順に、法陣が魔力を得て輝き始める。そして、加速度的に全ての魔法陣へと輝きが伝播してゆく。


 百以上もある魔法陣の全てが、ラーネの準備していた一つのパッケージ魔法の効果を発揮するための因子となって、森に影響を及ぼした。


「あああああああああああでしいいあああたしらはああああ――」


 魔力の奔流にのまれ、三つの老婆の顔は、逃げ惑いながら徐々に崩れる。妬みとも、嫉みとも、哀しみともつかない奇声を上げ続けていた。


 その折、遥か遠い昔の光景が、老婆達の頭の中にぽつりと浮かんだ。


 魔女と呼ばれていたころのラーネが術式を試行錯誤している横で、三人の小さい魔女が、興味津々な顔をして覗き込んでいる場面だった。


 光あふれる記憶の景色と、魔力に照らされる森が、重なって見えたのが理由かもしれない。


 呪いの浄化が終わると、森は八百年前にあったような木漏れ日差す状態へと戻ってゆく。だが、木々や草は節くれだった奇怪な姿のままであった。


 三人の老婆の気配は、森を覆っていた呪詛とともに完全に消失していた。


「呪術は取り除いてやったよ。誰か残っているなら、森を何とかするんだね。そこまで手伝うのは御免だよ。この巨大なパッケージ魔法だって、準備するのに一苦労したんだからさ」


 ラーネは誰に話しかけるでもなく言葉を投げた。


 ふっと、白いローブを羽織った子供が、森の奥を横切る。


「はあ、肩が凝っちまったさね。帰って温泉にでも浸からなきゃ、やってられないよ」


 踵を返した大魔導師は、首をコキコキと鳴らしながら、クレタスへの道を戻って行くのだった。

次回投稿は10月25日(日曜日)の夜に予定しています。

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