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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第088話 クレタス東部戦争の終結

「……貴様も上位の貴族というだけのことか」


 アジェライードは、自分が納得できる答えを口にする。


「いえ、シャポーは一般人の一研究員なのです」


 シャポーにあっさりと否定されて、アジェライードは眉根を寄せた。


 王制で階級制度のある国において、市井の民が大貴族を捕えたなどとは、俄かに信じ難いからであった。それに、研究員ということは、軍属でも警備隊の所属でもないと言っているに他ならない。


(エルート族が黙っているのであれば、真実ともとれるが。このシャポーという名の魔導師が一般人? ロボリの精鋭百人を足止めしておいて、一般人とのたまうか)


 アジェライードの表情が、溜息とともに緩む。剣にかけていた手も、だらりと下げられていた。その視線は、夜空を意味もなく彷徨う。


 睡眠に誘う魔法の影響を受け、思考がぼやけて抱いていた感情が鈍くなっていたのもあるが、決してそれだけではなかった。


 東の地で入念に手を回し、クレタスで勃発した内乱後というタイミングを狙った侵攻が、一般人を豪語する者に妨げられたのだ。力が抜け、虚しさを覚えたとて誰が攻められよう。


(一般人なわけがないだろう……化け物め)


 言葉にする気力も失せ、アジェライードはシャポーに視線を戻した。


 だが、化け物という単語が頭をよぎった時、クレタスを狙っていたのが自分だけではないことを思い出す。


 意趣返しの気持ちもあったのだろう、アジェライードは冷たい表情を浮かべ、迫り来る脅威を教えておいてやろうと口を開いた。


「我らの進攻を止めたと安心するのはいいが、休む間もなく魔女がやってくるぞ。多量の命を吸った呪術を引き下げてな」


 魔女がどのような手法を用いるのかなぞ、アジェライードの理解するところではない。が、戦争とは別の惨劇が引き起こされるのは予想に難くない。


 ロボリの北の小国家群では、突然の飢饉や疫病、水の腐敗などが発生したという噂が頻繁に囁かれていた。それらにより、奪われた命は魔女達の力として利用されるはずだ。


 聞いたシャポーは「うーん」と顎に人差し指をあて、しばし考えを巡らせる。


「クレタス北の洞窟に通じている呪いの森の魔女さんですかね。でしたら、師匠が行っていますから大丈夫なのです。師匠は大魔導師とか呼ばれていまして、シャポーは足元にも及ばないのですよ」


 真剣な顔で説明するように返されたが、アジェライードはその内容を瞬時に把握できなかった。


(……この魔導師の師匠で「大魔導師」だと? クレタスでそう呼ばれるのは――)


 クレタ山脈の向こう側にある東の国々でも、五百年前に起きた人族と魔人族の戦争のことは語り継がれている。


 異世界より召還された勇者や、その仲間であった大魔導師ラーネ、精霊使いで勇者の片腕ケータソシアは、子供でもその名を知っているほどだ。


 今もなお生き続けているとされる大魔導師ラーネ本人ならば、確かに問題にしないかもしれないなと、アジェライードは脱力感に見舞われながらふと思ってしまった。


 シャポーとの問答を続けることに馬鹿馬鹿しさすら感じはじめ、アジェライードは鼻で笑う。


「無事では済まぬことを、祈っておこう」


 そう呟いたアジェライードは、どす黒く変色している己の右手に目を落とした。


 骨の中を這い回る痛みが、肩から胸にまで達しており、このまま命を失うであろうことは疑いようもない。


 緊張の糸が切れたアジェライードの頭を、シャポーの「超快眠全方位ベッド魔法」による眠りの効果が急激に侵食する。


(最後に、敵の魔法で、痛みから解放される、とは……な)


 死を覚悟しながら、アジェライードは、ぐるりと白目をむくと膝から崩れ落ちた。


 その身体をシャポーの魔法が、ふわりと空中で受け止めるのだった。


「ここは、終わりでいいわね」


 広場にいるロボリの者達が、全て沈黙したのを確認するように、トゥームは周囲を見回す。


「いえ、まだなのですよ」


 言いながら、シャポーが意識を失ったアジェライードのもとへと歩いてゆく。


「右腕にある重度の呪いを解除しなきゃいけないのです。このままですと、命を落としてしまいますのですよ」


 シャポーは、後ろを着いて来た三郎達へと振り返って言う。その両目は薄緑色に発光しており、アジェライードに纏わりつく呪詛の存在をも見抜いていたのだった。


***


 サーペン塔前広場での戦いに決着がついた頃、首都カルバリの各地で起きていた戦闘も終結しはじめていた。


 精霊の強制行使のみならず、精霊魔法が使えなくなっていたロボリ軍は、またたくまに戦線を崩壊させていったのだ。


 その現象は、商業王国ドートと睨み合っていた、君主制国家群からなる連合軍にも同様に起こっており、数日を待たずして停戦交渉が開始される運びとなる。


 技研国カルバリと商業王国ドートは、首都以東の街や、そこで生活を営んでいた国民の全てを失っていた。


 後に「クレタス東部戦争」と呼ばれる、多くの死者を出した戦争は、終わりを迎えるのだった。

次回投稿は10月11日(日曜日)の夜に予定しています。

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