第087話 ひょうひょうと答える魔導師
ロボリ軍の兵士達が、シャポーの魔法に耐えられなかったのも無理はない。
突然精霊召喚という攻撃の手段を失い動揺しているところへ、脳の隅に置いていた精神耐性用の精霊を呼び出すこともできなくなっていたのだ。魔法の影響を跳ね返すための精神集中もままならず、精霊による精神保護も不可能とあれば、眠りの魔法に屈するのは仕方ないことであった。
当然、シャポーの行使した魔法が、異様に強化されていたのも理由である。
「我々を捕えるつもりか。余計なことを」
アジェライードは、襲い掛かってきた眠りに誘う魔法に抵抗しながら、兵の状況を確認した。多くは意識を失い、剣を構えている者も朦朧とふらつき、戦力たりえないことが一目瞭然なのだった。
「死なば呪詛の贄として役に立ったものを……」
意識を保つために強く頭を振ると、アジェライードは憎々し気に呟く。幸か不幸か、呪詛返しによる右腕の痛みが、意識を失わぬ一助となっていた。
「もう、貴方一人しか残っていないわよ」
敵意のある目を向け続けているアジェライードに、修道の槍を構えたトゥームが現状を知らしめるため呼びかける。アジェライードの左手が、腰の剣に触れていたため、威嚇の意味も込められていた。
トゥームは、自害しようとする可能性も考慮に入れて、相手の動きを注視する。服装や装備品からアジェライードが指揮官かそれ以上の立場であると推察し、捕らえるべき人物だと判断したからだった。
(カルバリ攻めまでは、計画通りに進んでいたはずだ。何が狂わせた? どこから狂わされた?)
魔法の影響をうけて鈍くなりつつある思考の中、アジェライードは惨敗と呼べるまでに陥った原因を考えていた。
始原精霊を奪い返された時点のことが、記憶に強く刻み込まれているが、それ以前の問題だというのははっきりとしている。
修道騎士やエルート族の戦士が現れてから、急激に劣勢となったのもわかっていた。けれども、根本的な分水嶺はそこではない。
アジェライードの視線は、魔導師少女を捉えていた。
(魔導師か。やはり魔導師は、どこまでいっても許し難く存在している。この広場で鉢合わせたことが、全ての元凶か)
仮に、別働隊の隠蔽魔法が見破られず、カルバリ軍を後方から奇襲できていたならば、今頃はカルバリの象徴たる巨大な塔を攻めていたはずなのだ。
「魔導師を生かしておくなど、非常に許し難いな」
アジェライードが口元を歪な形に引き上げて呟く。それは、グレーターエルート族であるシトスやムリューでも、聞き取れないほどの小さな音だった。
『血の盟約により大気の巨人に命ず! この場の全てを巻き込み果てよ』
絞り出すような精霊語の詠唱が、戦いの音の止んだ広場に響く。
中位精霊にあっても、膨大な精霊力を有する大気の巨人が自爆すれば、広場にいる者は敵味方問わず無傷では済まない。
だが、アジェライードの命令が遂行されることは無かった。
大気の巨人は、取り付いていたサーペン塔から離れると、シャポー達のいる方へと向きを変える。精霊の表情は、憐れみや哀しみをたたえているかのようにも見えた。
巨人の体内を這いまわっていた黒い靄は、濃度を低下させており、呪術としての強制力を弱めていたのだった。
術の行使者であるアジェライードが、それを理解できないわけがない。
「大気の中位精霊は、既に貴方の制御下にはありませんよ。人族が代々引き継ぐという血の盟約も、精霊との信頼関係が壊れてしまえば、意味を成さない物です」
シトスの静かな声がアジェライードの耳に届けられる。音を遮断していた精霊も、アジェライードから離れてしまっていた。
シトスの言葉が合図となったのか、巨人は周辺の大気と混ざり合いながら人の形を薄めて行く。
「どれだけひどい扱いをしたの? 風の精霊が、貴方達の周囲を飛ぶのすら嫌がっているんだけど」
小さなため息とともに、ムリューは腰に手をあてて悩まし気に首を振った。
彼女の髪をそっと揺らしている風は、眠りに落ちているロボリ兵らを避けるようにそよいでいた。
「む、無駄な抵抗はやめてですね、おとなしく捕まっていただければと思うのです」
三郎に背中を押されたシャポーが、自分の役割を思い出して声を張る。
この場で、技研国カルバリに所属しているのはシャポーだけであり、なにより、敵である別働隊を沈黙させたのは彼女だ。
「ふっ。捕らえた者を、人体実験の材料にでもするつもりか、魔女にもとる魔導師め」
アジェライードは、侮蔑の念を込めて吐き捨てた。
東の君主制国家群において、魔女を引き合いに出すのは最悪の侮辱とされる。
「えっとですね、不法な人体実験は魔導に関する法律で固く禁じられています。それに、魔女さんが使うのは呪術ですから、魔導師の魔術とは分野が違うのですよ?」
根が真面目なシャポーは丁寧に答え返した。
シャポーのひょうひょうとした物言いに、馬鹿にされたと思ったアジェライードは、表情を強張らせる。
「法で禁じているだと? 今もなお、レイロゲートなる大貴族が奴隷を実験台にしているのだろう! 贄として人を殺して使う魔女と何が違う!」
アジェライードが密偵から得ていた情報だった。報告書には、カルバリの大貴族であるレイロゲート家が、奴隷にされたアジェライードの姉を実験台として購入した魔導師であるとも明記されていた。
復讐心などがあるわけではないが、国がそのような者を大貴族として扱っていることこそ、愚かしく許し難いと感じてやまないのだ。同族であろうカルバリの魔導師が、澄ました顔で法を語るのも苛立ちに拍車をかけていた。
「レイロゲートさんでしたら、この前、シャポーが捕まえたのです。牢屋にいますので、実験はできないのですけれども」
「大貴族を……捕らえた?」
のさばっているはずの大貴族を、事も無げに牢に入れたと言われたので、アジェライードは虚をつかれた顔をして聞き返していた。
シャポーは「ですです」と、しごく真面目な表情で答えるのだった。
次回投稿は10月4日(日曜日)の夜に予定しています。




