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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第086話 二つの意味で全方位

 兵士達は、精霊の力を全て引き出すための術式として、精霊召喚の訓練を受けていた。現に、新兵ですらも強力な攻撃の手段を手にしている。


 一部では「隷属化」などという不穏な呼び方をする者もいたが、自由で気まぐれな精霊を完璧かつ効率的に扱う技術であるため、多少の強制力を持つのは仕方ないのだと上官から教え込まれた。


 実際に、精霊魔法には、精霊のいたずらとしか思えない強弱の波が存在する。


 命にかかわるような場面で、下振れしないように鍛錬を積むのだ。


 精霊の心中なぞ理解の及ばぬところだが、実力を認められるのか、はたまた仲良くなったと思われるのか、熟練兵の精霊魔法が安定するのは紛れもない事実だった。


 アジェライード麾下(きか)の別働隊は、精霊魔法にも精通している者が集められている。だのに、精霊からの助力を得られている者は、現在一人としていなかった。


「呪いとは、どういう意味です」


 切迫した状況下であるため、隊長は焦りを滲ませた声でアジェライードに問う。


 部下への指示に影響を及ぼす情報であるならば、把握せねばならないとの責任感からだった。


「言っていなかったな。気付いているものと思っていたぞ」


 アジェライードは嘲笑うと、眉間の皺を深くする隊長に、まるで愉快なものでも見るかのような目を向けて言葉を続けた。


「呪いの森の魔女を知っているだろう。あ奴らの邪法を精霊魔法に組み込み、新たなる強力な攻撃手段として利用した。それだけのことだ」


 生粋のロボリ人であり、指揮官としても優秀な隊長は、アジェライードの短い説明だけで理解した。


「なんということを……」


 ロボリを含む精霊信仰の国の民は、人の命を捧げて術を行使する魔女に厭悪(えんお)の情をもっている。魔女にかどわかされ、儀式や呪術の生贄にされた者が多くいるからだ。


 それに、隊長の男は、ロボリの北に点在する小国家群から要請を受け、一兵士として魔女への対応に出兵した経験すらあるほどだった。


(呪いを利用している術式だということに、なぜ気付けなかった? なぜ精霊召喚の魔法に疑問を抱かなかった? なぜ精霊に語り掛けない方法を受け入れていた? なぜ――)


 隊長が別働隊を見返した先には、精霊召喚によって呼び出されていた風の精霊が、エルート族に向かい飛んで行く姿があった。


 今ならば、精霊の上げる悲痛な叫びが、その耳にはっきりと聞こえる。まるで、頭の中の靄が晴れたかのような感覚だった。


「呪術を内包する精霊召喚を行っていたことで、己の認知が僅かに歪められていたのだ。気に病むことはない」


 隊長が両耳を手で押さえ苦悶の表情を浮かべると、アジェライードは口元に薄い笑いを浮かべて言った。


 そして、はたと気付いた顔をして付け加える。


「敵でも味方でもいい。一人でも多く屠(ほふ)れば、精霊召喚は使えるようになるからな。覚えておくことだ」


 その言葉に隊長は愕然とする。


 彼は、部下をこれ以上失わないため、指示を出さねばならぬ立場なのだ。だが、精霊との親交が断たれたという、あまりにも大きな喪失感に身体が動かないのだった。




 シャポーは、ロボリの兵士達を可能な限り捕えて、法の裁きを受けさせる選択をした。


 トゥーム達が守ってくれているならば、快眠の魔法を強化する時間が十分に取れる。防衛魔法に割いていたリソースを、魔法の改修作業へと回し、シャポーは複数の魔法陣を同時に展開するのだった。


「ふんふん! 失神などではなくてですね、三大欲求の一つである睡眠からのアプローチが、やはり効果的なのですよ」


 広場にロボリ軍が侵入してきた時、兵士に失神系の魔法が効かなかったことから学んだのか、シャポーは誰に説明するでもなく言った。


 三郎とほのかは「がんばれ」と静かに応援するため、シャポーの集中を邪魔しないように後ろへ下がろうとする。


「できましたのです」


 シャポーが元気一杯に完成を告げる。あまりの早さに、三郎はあっけにとられるのだった。


「ではでは、トゥームさん、シトスさん、ムリューちゃん、超快眠全方位ベッド魔法を行使いたしますので!」


 戦闘を続けている三人に伝えると、シャポーは改造したての術式を発動した。


 シャポーの声を、風と大気の精霊魔法によって共有していたトゥーム達は、敵の動きが変化するのに備えて意識を集中させる。


 魔法の効果が、シャポーを中心に波紋の様に広がると、魔法耐性の低い者から順に倒れて行く。


 前のめりに崩れ落ちる者も、後方へのけ反る者も、そして横方向に転倒する者であろうとも、全員が硬い石畳に打ち付けられることなく、ふわりと宙に浮かべられていた。


(全方位ってのは、こちらを囲んでいる敵全員に対して発動するってことかと思ったけど、どの方向に倒れ込んでも空気のベッドがあるよって意味でもあったっぽいな)


 三郎は、倒れ行くロボリ軍を見ながら、魔導師少女の気配り具合に(よくやるなぁ)という感想をいだくのだった。

次回投稿は9月27日(日曜日)の夜に予定しています。

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