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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第085話 傍にいるだけの大活躍

 シャポーが気を取り直していた時、アジェライードの周囲には濛々(もうもう)たる黒い瘴気が渦巻いていた。


(始原精霊であるのが真実なら、例え軍が一時的に機能しなくなろうとも、手に入れるべきであろう)


 彼の見開かれた目の焦点は、三郎の頭の上に乗るほのかへと定められている。


 アジェライードは、始原精霊が自爆すれば、カルバリの首都を消滅させられると考えていた。いや、クレタス全土に被害を与えることすら可能かもしれない。なぜなら、上位の精霊を凌ぐエネルギーを保有しているからだ。


 それ以前に、ほのかの力を使いこなせれば、いとも容易くクレタスの人族を根絶やしにできる。


(生贄の命の補充は、後々どうとでもなる)


 夜空に広がる暗闇を仰ぎ、アジェライードは、黒々とした呪詛の枝を伸ばす。


 別働隊と修道騎士らが戦闘を行っているため、前回従わせるのに成功したよりも、近い距離で呪術を放つことができている。そのため、空の闇にまぎれて迂回させ、呪詛をほのかの頭上まで届かせようと画策したのだ。


 完全ではないにしろ、呪術を抑える術(すべ)を持つ魔導師の目から隠すためでもある。


 空間支配に使役している大気の精霊を利用し、呪詛の気配を隠蔽することも可能であった。


『再び、我が言葉に従え』


 アジェライードは、強い精霊語の呼びかけとともに、質量を持ったかに思われるほど濃くなった呪詛を、ほのか目掛けて落下させた。


 だがそれも、徒労に帰する。


 邪念を内包した黒い物体の接近に、ほのかは夜闇を見上げると、それを軽く手で払った。黒で塗りつぶされた星空が、さっと晴れて元の姿を取り戻す。


 呪詛に一度触れていたがため、性質を知ったほのかから、その存在を隠し通すことは困難となっていたのだ。


 それは、シャポーの防御魔法が感知する距離よりも前でおきていた。


「ん? ほのか、星空がどうかしたか?」


 頭の上にはりついているほのかの動きに気付き、三郎が上を向く。


「ぱぁ」


「綺麗にした? いや、星が綺麗なのはわかるけど、今はそれどころじゃないからな。ほのかも大概だなぁ」


 上機嫌なほのかに、三郎は「やれやれ」と返した。


 しかして、ほのかが強力な呪術を一振りで霧散させられたのは、与名の盟友である三郎を通じて精霊力を補給し、始原精霊本来の力を行使できたからに他ならない。


 自分が傍にいただけで大活躍していたとも知らぬ三郎が、ほのかに毛根を抜きとられそうなほどの抗議を受けているさなか、アジェライードは呪詛返しによるダメージを負っていた。


「ぐっ……あの量の呪詛を造作もなくかき消しただと」


 アジェライードの右腕が、赤黒い変色を起こしている。骨の中を痛みが這いまわり、たまらずに腕を強く握り締めた。


 兵士達の精霊召喚に使われるはずであった、贄の命をも賭した呪術であったのだ。カルバリを攻めているロボリ軍のみならず、遥か遠く商業王国ドートと睨み合っている連合軍も例外ではない。


 それほど強引な手段を用いたはずであるのに、簡単に返されてしまったのは、アジェライードの始原精霊に対する認識の甘さ故であった。


 腕を抱えてうずくまるアジェライードに、別働隊の隊長が駆け寄ってきた。


「アジェライード様! 精霊召喚が出来ぬと……っ!? アジェライード様、如何なさいましたか!」


 痛みを堪えて脂汗を浮かべる顔を、隊長は跪いて確かめた。


「術を返されただけだ。して、報告があったのではないか?」


 右腕を隠すように抱えなおし、アジェライードはゆらりと立ち上がった。


「は! 精霊召喚の出来ぬ兵が出ております。戦況に影響を及ぼす可能性が」


 たった三人を相手に押しきれていない不甲斐なさから、隊長は顔をしかめて報告する。


「当然だろう。精霊を強制的に従わせるための枷としてきたモノを、私が今しがた使い切ったのだからな」


 諦めたような薄ら笑いを浮かべ、アジェライードは言った。


 一瞬、隊長は言葉の意味を掴めなかった。だが、アジェライードの不吉な笑みと、黒く変色している右手を見て、はっとした表情を浮かべる。詳細までは理解できずとも、兵士達の精霊召喚が使えなくなったのには理由があり、アジェライードが関係していることだけは解かったのだ。


「現在行使している精霊召喚をやめ、通常の精霊魔法に切り替えろ!」


 隊長の飛ばした命令に、アジェライードは「無駄だよ」と呟いた。


「なにをおっしゃられて……」


 聞きとがめた隊長は、困惑の表情を強める。そこに、部下から報告の声が上がった。


「隊長! 精霊魔法が使えません」


 別働隊の状況を確認するため向けた隊長の目に、精霊への語りかけに失敗している兵士達の姿が飛び込んだ。


(何が起きている)


 事態の把握ができていない隊長の横で、アジェライードが冷笑入り混じる声で言う。


「呪いによって無理やり従わせていたのだ。今更、精霊との親交も何も、あるわけがなかろう」


「呪い、ですと?」


 アジェライードからの信じがたい言葉に、別働隊の隊長は振り向いたまま身体を硬直させるのだった。

次回投稿は9月20日(日曜日)の夜に予定しています。

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