第084話 今もなお気絶している猫科の騎獣
ほぼ全方位からといえる別働隊の攻撃を、トゥーム、シトス、ムリューの三人は、一糸乱れぬ連携をもって迎え撃つ。
呪術に縛られた精霊の突進を、精霊魔法や教会魔法によって防ぎ、ロボリ兵の斬撃を鮮やかな剣さばきで跳ね返す。
ムリューは、呼び出していた上位精霊を精霊世界へと帰還させ、通常の風の精霊魔法を使い対処していた。敵の召喚した精霊を格の違い過ぎる上位精霊で迎え撃つのは、小さな羽虫に巨大なハンマーを振り回しているようなもので、パフォーマンスがよろしくないからだ。
それゆえ、上位精霊がいなくなったと見たロボリ兵が、直接切り込んでくる場面が増える。しかし、ムリューは軽やかな身のこなしでそれらを翻弄した。大気の中に見えぬ足場があるかのように、跳躍した先で軌道を変え、時には空中に留まり、別働隊の兵士らに狙いを定めさせない。
「森の中で戦ってるみたいに楽。ありがと、シトス」
ムリューに大気の足場を提供しているのは、離れた場所で戦っているシトスだった。
「こちらこそ、風の刃で援護してもらっていますからね。とても助かっていますよ」
二人は乱戦による騒音の中にあって、葉の擦れる音程の小さい声を交わす。互いの使役する風と大気の精霊の助力で、肩が触れる距離にいるかのように会話ができるのだ。
シトスは、幅広で長い剣を巧みに操り、迫り来る敵を寄せ付けていなかった。
その剣の刀身は、メーシュッタスと呼ばれる、エルート族の住まう深き大森林に自生する巨木の樹液で作られている。その透明な刀身のせいで、ロボリ兵はシトスとの間合いを掴みきれず、苦戦をしいられることとなっていた。樹木の精霊魔法によって剣が姿形を変えるのもあり、交戦距離の測れぬシトス相手に、易々と斬りかかれる者も多くはなかった。
エルート族の二人が、言葉を交わす余裕をもって迎撃できているのは、正面を護っているトゥームの存在が大きい。
堅牢を誇る教会の防衛魔法は、接近して自爆する精霊のエネルギーをトゥームにまで届かせていなかった。防衛の魔法が壊れた隙を狙い、ロボリ軍が攻撃を仕掛けたとて、精霊は暴発する前に切って消滅させられ、直接の斬撃は修道の槍によって阻まれた。
トゥームは冷静に己の立ち位置を見定め、シトスやムリューの援護を最大限活用し、無理な追撃に踏み出すことをしなかった。
修道騎士の守護戦闘を突破できる者はない。
武器を振るう兵ならば、クレタスの外である君主制国家群の者でさえ、一度は耳にしたことのある言葉だ。
体内魔力の操作によって、肉体のみならず神経や脳をも活性化し、時間分解能を高めた修道騎士は「鉄壁」の一言に尽きる。
だが、そんな三人をもってしても、百名近い敵兵を簡単に退けられるものではない。
別働隊の兵士は、ロボリの王であるアジェライードが近衛や騎士団の枠を超えて直接選んだ麾下の百名であり、精霊を召喚することで倍以上の戦力となって襲い来る。剣の腕も確かな者達であった。
それでも、一人また一人とトゥームらによって倒されてゆく。
「シャポーは、攻撃を決断するのが遅すぎるのですね」
三人の戦う姿を目にしたシャポーは、ぽつりともらす。
助け起こしてもらった三郎は、その横顔を覗きこむ。三郎の髪の毛にしがみついているほのかも、首を捻ってシャポーの表情を見つめた。
「攻撃を最終手段だと考えようとしてばかりで――いえ、人を傷つけて命を奪う決断を、自ら下すのが怖くて逃げているだけなのです。反動の障壁は、そういう物だから仕方ないとか、心の中で言い訳をしているのですけれど、結局のところ、相手を傷つける魔術を行使している事実に、変わりないのですよ。内乱の時だって、自分から相手を消滅させる魔法を使ったのですし……今更なのです」
シャポーは、己に言い聞かせるように言った。
最初から攻撃に出なかったことを反省するかの様子に、三郎は「ふむ」と一息ついて、迷える魔導師少女にかける言葉を思案した。
「迷いなく戦えるのは大切だろうけど、攻撃を最終手段と考えて行動するのも、また大切なんだと思うよ」
三郎は、使命感を持って剣を振るっている三人へと視線を送る。
エルート族の二人は、争いごとを望まない種族であり、修道騎士含む教会の兵士は、護るために武器を手にする者達だ。
「でも、ほのかちゃんを危険な目にあわせてしまったのですよ」
眉を八の字に寄せたシャポーが、声を潤ませて三郎を見上げた。
「戦争や戦いって、つまるところ暴力なんだよな。暴力による決着はあっても、解決ではないって聞いたことがあるんだ。だから、戦後処理とか法に照らし合わせたりして、解決に近い落としどころを模索しなきゃいけないんだろうな。僅かばかりでも攻撃に頼らないようにしたのは、解決から遠のかずにいられたってことなんじゃないかな? 安易に攻撃を選択しないシャポーのままでいいと思うけれどね」
「そうでしょうか」と呟くシャポーに、三郎は口元を少し緩ませて続ける。
「結果として、俺達が間に合って、ほのかも無事に戻って来たんだし、何よりも最初に、シャポーが敵を捕まえようとした行動は間違ってなかったと俺は思うけどな」
別働隊の後方、広場の入り口には、眠るように倒れ込んでいる騎獣達の姿があった。旅を共にしたことのある三郎には、シャポーが眠りか何かの広範囲魔法で、ロボリ軍を傷つけずに抑えようとしたのであろうと、容易に想像できたのだ。
まるで全てを知っているかと思える三郎の言葉に、シャポーは大きな目を丸くした。
「サブローさまは、お見通しなのです! 精霊語の件と言い、やっぱり凄いのです」
尊敬の眼差しを再び向けられたおじさんは「いやぁ、それほどでも」と、頭をぽりぽりかくのだった。
次回投稿は9月13日(日曜日)の夜に予定しています。




