第082話 かっこつかないおっさん
「突然のダイナミックドリフト停車……久々過ぎて忘れてた」
後頭部を手でさすりながら、教会の司祭衣に身を包んだ男が、シャポーへと歩み寄る。
そのローブは、白を基調とした上等の布が使われており、様々な保護を付与するための細かな刺繍が施されている。クレタスに住んでいる人族ならば、敬意を込めて「高司祭」と呼ばれる役職者が身に纏うローブだとわかるであろう。
しかし、男は着慣れていないのか、袖や襟元などを直す仕草を繰り返している。
真面目なサラリーマン然とした黒髪と、四十がらみの平凡な顔立ちは、格式の高さをうかがわせる服装から浮いて見えるようであった。
「ざぶろーざばぁ」
男の姿を目にし、シャポーの瞳に溜まっていた涙が、ぼろぼろと零れ落ちた。と同時に、展開していたシャポーの積層魔法陣が解除され、金色の文字が宙に舞う。
彼の名は王子三郎。勇者召喚に巻き込まれる形で、クレタスの地に放り出された「迷い人」と称されるおっさんだ。
「あーあー。涙と、それに鼻血を擦っちゃったんだな」
手拭いを取り出した三郎は、シャポーの顔を優しく拭う。
「サブローさま! どうして皆さんがカルバリに居るのですか。助けに来てもらえて嬉しいのですけれども、戦争が始まってすぐソルジを出発したとしても、到着が早すぎると思うのですよ。それにですね、来るという連絡なども、もらっていなかったと思うのです」
顔を拭いてもらったシャポーは、まくし立てるように疑問をぶつけた。
健脚のクウィンスが牽引していたとて、三郎の居たソルジから首都カルバリまでは、かなりの距離がある。援軍に駆け付けるにしても、ロボリ軍の進軍に間に合えるとは到底考えられない。
「実はさ、シャポーの検定試験合格と魔導研究院に所属したお祝いをしに、サプライズで行こうってことで、こっちに向かってたんだよね。それで、戦争が始まったって聞いて、旅の途中からクウィンスが頑張ってくれてさ」
経緯を簡単に説明する三郎だったが、その視線は既に前方にいるロボリの別働隊へと向けられていた。
トゥーム、シトス、ムリューの三名をもってしても、ほのかの放つ業火を完全に押し返すまでには至っておらず、激しいせめぎ合いが繰り広げられている。
「し、質問している場合ではないのでした! サブローさま、あの大きな精霊さんが、ほのかちゃんなのです。ロボリ軍の偉い人に呪術で従わされちゃっているのです。トゥームさん達にも、お伝えしなきゃなのですよ」
シャポーは、三郎の袖をぐいぐいと引っ張りながら、別働隊よりも数歩前にいるアジェライードとほのかを指差す。
トゥーム達が攻撃に移り、ほのかを傷つけてしまうのではないかと、シャポーは焦りを滲ませた声で言った。
「大丈夫。三人とも、馬車から見ていて、ほのかだって気付いてるから。しっかし、炎の力だけしか使っていないのに、凄まじい攻撃力があるもんだなぁ」
落ち着かせるようにシャポーの肩を叩きつつ、三郎は額に手をあてながら目を細め、アジェライードとほのかの姿を確認する。
トゥームらのおかげで抑えられているとはいえ、高温による白光現象は、三郎にとって眩しいことに変わりなかった。
「そうなのです、すさまじいのですよ。……って、感心している場合では――」
言いかけたシャポーだったが、三郎の余裕ある表情を見て言葉を止めた。
「ほのかの頭付近で濃くなってる黒い靄が、呪術ってやつかい?」
「ですです」
三郎の問いに、シャポーは首をこくこくと縦に振る。
「高温の属性だけ縛られてるみたいだから、きちんと呼びかけたら、戻せそうだな」
呟く三郎を、シャポーがきょとんと見上げた。
おもむろに右手を前にさしだした三郎は、真剣な表情となる。
『ほのか、戻っておいで』
三郎から紡ぎ出されたのは、完璧な発音の精霊語だった。
シャポーは、驚きのあまり大きな目をさらに見開いて三郎を見た。その瞳には、尊敬の二文字もがありありと浮かんでいる。
「ぱぁ!」
白熱した大気とともに、炎の巨人が姿を消した。
巨人が居たであろう場所には、手のひらサイズに戻ったほのかが、両手と両足を元気いっぱいに広げていた。
そして、目標を三郎に定めると、猛スピードで飛んで行く。
『ほのか、おかえ――ぶっふぉ!』
差し出した右手に乗っかるものだと思っていた三郎は、顔面に突撃されて、後方へと吹き飛んだ。
衝突した際に「べちん!」という鈍い音が、静寂に包まれた戦場に鳴り響いた。
「サブロー、さま?」
恐る恐る振り向いたシャポーの前には、右手を差し出したままの姿勢で石畳の上に倒れている三郎の姿があった。
顔面には、ほのかがべったりと貼りついているのだった。
次回投稿は8月30日(日曜日)の夜に予定しています。




