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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第079話 円環の解呪術式

 シャポーは、ほのかの接近に危険を感じ、思考空間から球形の積層魔法陣を取り出した。正式名称を『立体球状積層魔方陣』と言う。


 積層魔法陣は、シャポーをすっぽりと覆っており、彼女はその中央にふわりと浮かんでいた。球体の表面には、金色に輝く魔導文字や魔術式などがびっしりと刻まれており、帯状に連なるそれらは複雑な回転運動を見せている。


 刻まれた複数の文字列を高速で組み合わせることで、難解な魔法の構築を補助する役割を担うのだ。


 魔導師の業界において、積層魔法陣と呼ばれるものは、頭ほどの空間図形が一般的な大きさと認知されている。シャポーの立体球状積層魔方陣は、あまりにも巨大な代物であった。


 積層魔法陣を前に、別働隊の兵士らが警戒心を強める中、シャポーはほのかの動きに全神経を集中させていた。


(ほのかちゃんは『地核』の始原精霊ですから、超高温を防がなければならないのはもちろんなのですけれども、高重力にも備えなきゃですよ)


 シャポーの操る積層魔法陣が、次から次へと防御の魔法を構築してゆく。


 並行して、思考空間から別の魔法陣を出現させると、足元に展開した。高温の熱によって、広場の石畳が溶解せぬよう、都市に仕込まれている建築魔法に耐熱の補強や修繕の高速化を付与するためだ。


(足元が溶けてしまったら、これから作らなきゃいけない術式に集中できませんので!)


 石畳の強化が完了したと同時に、ほのかがシャポーへ向けて炎を放った。赤く燃え上がった大気が、瞬間的に青白い輝きにまで変化する。


「うあっちちちちなのです!」


 シャポーの展開していた防御魔法が、いっきに数枚蒸発して消えた。


(ローブに組み込まれている常温の術式も、効果がぜんぜん発揮されてないのです)


 吹き出した額の汗を袖ではらい、シャポーは積層魔法陣を操作して、失った数を上回る防御の魔法を再構築してゆく。


 足元にちらりと目をやれば、シャポーの方陣によって強化された石畳が、赤熱した傍から修復を開始していた。


(思考空間にためてあった魔力が、もの凄い勢いで消費されちゃっているのです。ほのかちゃんが縛られている呪術を解呪する術式を、早く作らなきゃなのですね)


 シャポーは、積層魔法陣の操作を無意識下へ移行すると、頭の中にある本のページをめくるように、視線を忙しく左右に泳がせる。


 その間も、体内魔力操作により脳の処理速度を上げて並列思考の分化を行うことで、ロボリ軍の気配に注意を向けながら、防御魔法の維持をも続けていた。


(とってもあっついのですけれども、ほのかちゃんの『熱』での攻撃しかきてませんし、一方向からなので先ほどよりも防ぎやすいのです。重力やら圧力やら高密度物質やらを複合的に組み込まれていたら、防御魔法の生成に多くのリソースを割かなきゃいけないところでしたね。積層魔法陣の防衛術式構築も、今のところ間に合っているのですよ。呪術を解除する術式を作り始めても大丈夫そうなのです)


 並列思考の一端で、シャポーは冷静に状況を分析する。


 そして、記憶の中に解呪の項目を見つけ出すと、魔導言語による詠唱を開始した。


『ラーネの魔導書・負番号「呪詛呪術の章」より全呪術式を開示』


 言葉に呼応して黒く光る文字群が、シャポーの頭上に羅列される。


『人の生命力を媒体とする呪術式に限定。精霊への干渉を可能とする呪術式へ絞り込み。近似呪術式の再表示。含まれる呪術の主訴たる記号を抽出し限局とする』


 関連性の無い呪術式が削除され、ほのかの解呪に必要な要素だけが残された。


『シャポー・ラーネポッポの名を起動の鍵とし、解除術式の章二十四項と四十二項を展開。附番二十二と四十四にて、魔術強度及び深度の循環を継続。術式構築の開始を許可す』


 禍々しい光彩を放つ呪術式の背後で、黄金色に輝く円環の解呪術式が立ち上がり、ぐるりと光を波打たせて新たな術式の構築を始める。


 光が一周するごとに、数個の呪術式が吸い込まれるように消滅し、解呪の要素が付与されたことを示す。


 シャポーの詠唱は、熟練の魔導師ですら聞き取れないであろう速さで紡がれ続けていた。


「しぶとい魔導師だ。『炎の上位精霊ほのかよ、早々に彼の魔導師を焼き払え』」


 アジェライードは眉間に皺をよせて、ほのかに命令を飛ばした。


 ほのかの操る業火は、アジェライードの想像をゆうに超える破壊力であった。まさか、それに魔導師が耐えるなど、あってはならないことだった。


「貴様らも呆けていないで、攻撃に加わったらどうだ」


 苛立ったアジェライードは、別働隊に一瞥をくれて言った。


「あまりの熱量に、手を出すことが、難しく……」


 必死に近づいてきた隊長の男が、顔面を腕で保護しながらアジェライードに伝える。


(使い物にならんな。こ奴らを突撃させたところで、無駄に手駒を減らすだけか)


 アジェライードは振り向きもせず、心の中で舌打ちした。呪詛で取り込んでいるとはいえ、ほのかを使役する行為は、アジェライードの精神力を時間とともに削っていた。


『――解呪術式の完了過程を確認。呪術の効果範囲を一点零参倍に拡大し、解呪術式を新たに規定す』


 シャポーの頭上にあった呪詛や呪術が全て消え去り、幾重にも縁どられた円形の術式が姿を現していた。


「ほのかちゃんを解呪する術式が完成したのです」


 汗を滴らせながら、シャポーは大きく息を吐いた。両肩を上下させ、疲弊した表情を浮かべるシャポーの小さな鼻からは、つっと赤い筋が流れ出た。


 ほのかの熱によるダメージだけではなく、困難な作業を並行して行ったが故に、シャポーは脳に過剰な負荷をかけてしまっていたのだった。

次回投稿は8月2日(日曜日)の夜に予定しておりましたが、

PCの液晶が故障してしまい、書き上げることが出来ませんでした。

次回投稿を8月9日(日曜日)の夜に延期させていただきます。

申し訳ありません。

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