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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第078話 炎の巨人

 シャポーは、頭に張りついていたほのかの気配が、ふと離れたことに気付いた。


(疲れちゃったので、フードに入るのですかね)


 いつも休憩しているフードの中なら、研究員用のローブに多様な保護魔法が施されているので、頭の上に居るよりも安全だ。


「ほのかちゃん! 移動するなら、シャポーから離れすぎないようにするのです」


 シャポーの呼びかけに返事はない。


 黒い靄を懸命に押し返しているシャポーの視界の端に、ほのかの小さな後ろ姿が映りこんだ。


「ほのかちゃん!! 前に出たら危ないのですよ!」


 シャポーの叫ぶような声にも、ほのかは何ら反応を返さなかった。


 別働隊が操っている精霊達のように、ほのかの頭部に僅かな量の黒い異物が浸透していた。ほのかは、呆けたように虚空を見つめている。


(ほのかちゃんの所まで防御魔法の範囲だったはずなのですけれど。少量の靄に触れちゃったのかもしれないのです。ほのかちゃんが、疲れてさえいなければ抗えたのでしょうけれども)


 シャポーは、心ここにあらずといった様子で浮かんでいるほのかへと懸命に手を伸ばす。掴みかけた刹那、ほのかの中に入り込んでいた黒い靄が増大した。


「バァァァ」


 頭を抱えるように身を丸くしたほのかが、苦しそうな声を上げた。呪術に絡めとられまいとしているほのかの周囲を、小さな炎が乱れ飛ぶ。


 だが、無数の人命によって紡がれた呪詛は、弱っていたほのかを容易たやすく飲み込んだ。


 ほのかの発した炎に防御術式が反応して、伸ばしていたシャポーの手が衝撃で弾かれる。


「今すぐ、すぐに解呪の魔法を準備するのです。だから、シャポーから離れちゃ、だめなのです!」


 ほのかは呪術への抵抗を続けながらも、アジェライードの元へと引き寄せられて行くのだった。


「やはり『炎』の上位精霊で間違いなかったようだな。呪術で従わせながらも、私の精霊力をこれ程までに消費させてくるとは」


 アジェライードは、一筋の汗が額から流れ落ちるのを感じた。


 それは、ほのかの発する熱によるものではなく、他の精霊に比べて桁違いに難しい制御が求められたからだ。


 呪詛を使って強制的に精霊を支配下に置くことは、生贄の数さえ不足していなければ、精霊魔法の研鑽を積むよりも簡単であった。実際に、新兵に相当する者ですら、呪術を組み込んだ精霊魔法を使わせれば、戦力として申し分ない攻撃力を発揮するのだ。


 だが、アジェライードが、新たに呪詛でからめ取った精霊はどうであろう。


 近くに来させるだけで、彼に過度な精神集中を必要とさせ、さもすれば呪詛による支配が破綻しかねないとも感じさせた。


(精霊ごときが、私の力量を試そうとでもするかのようだ)


 アジェライードは、目の前に浮いている小さな精霊を睨みつけた。


 呪術に抵抗していた炎はなりを潜め、ほのかはぼんやりとした表情をして浮かんでいるだけだ。それでも、アジェライードは、荒れ狂う炎を抑え込むような精霊魔法の制御を強いられているのだった。


 アジェライードは奥歯を強く噛みしめて精神の集中を高める。


『炎の上位精霊よ、我が命令に従いて、立ちはだかる者を灰燼と化せ。其の力の行使を許可する』


 アジェライードが、呪術を組み込んだ精霊魔法を唱えると、ほのかを黒い靄が包み込む。


 音にならない奇声を発し、ほのかがゆらりとシャポーへと向き直った。


 そして、巨大な火柱で身を包むと、人の身の丈の倍はあろうかという女性が姿を現した。燃え上がる炎のドレスを身に着け、長い髪は毛先に向かって熱が波打っている。


 別働隊の兵士達は、あまりの高温に距離を置く。精霊魔法の行使者であるアジェライードでさえも、皮膚を焼かれる熱さに腕で顔を護り、二歩三歩と後退した。


(あの魔導師に『ほのか』と呼ばれていたか。間違いなく、上位精霊の中でも高位の存在だ。血の盟約で使役する大気の巨人など比較にならぬ力を有しているではないか)


 アジェライードの歪んだ表情が、ほのかの炎によって照らし出される。彼は心の奥底で「許し難い」と忌み嫌っていた全てを焼き尽くし、無に帰す手段を得たことを確信していた。


『炎の上位精霊ほのかよ、我が命を遂行する時ぞ。そこな魔導師を業火に沈めよ』


 アジェライードの精霊語に呼びかけられ、逡巡するかの間を置いてから、ほのかは巨躯を浮かび上がらせた。


 シャポーは、残っていた黒い靄を懸命に振り払いながら、ほのかの行方を視線で追っていた。


 靄の処理が終わる頃、ほのかが火の柱を纏って巨大化するのを目撃した。その直後、アジェライードが精霊魔法を使うと、ほのかがシャポーへ敵意を向けて迫って来たのである。


 ほのかが全く別の姿に変わってしまったことで、シャポーは驚きのあまり目を丸くすることしかできなかった。


「ほのかちゃんが……ほのかちゃんが、大きくなってしまったのですけれども」


 震える声を絞り出したシャポーは、無意識下で自分の胸元にぺたっと触れたのだった。


次回投稿は7月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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