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魔導師少女の研究院生活  作者: 直 一


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第077話 黒い靄

 サーペン塔前広場は首都の要所であるため、石畳には高度な耐熱処理が施されている。にもかかわらず、ほのかの出現させた炎によって赤熱し、変形やひびが生じてしまっていた。


 ダメージを検知した瞬間から、都市に組み込まれた建築魔法が起動して、高温にさらされた石畳を正常な状態へと修復しはじめていた。


「戦場なのに、びっくりして硬直してしまったのです。ほのかちゃん、助けてくださってありがとなのですよ」


 速い鼓動が落ち着かぬまま、シャポーが礼を言う。


「ぱぁぁ」


 ほのかはシャポーの頭にぺたんと貼りついて、弱々しげな声で返した。


(ほのかちゃんに無理をさせてしまったのです。与名よめいの盟友であるサブロー様が傍に居ないのに、防御魔法を展開してるシャポーまで熱さを感じてしまうほどの炎を生じさせたのですから、疲れてしまったのかもですね。シャポーがしっかりしないと、なのですよ!)


 シャポーは右の頬をつねって気を取り直す。


 与名の盟友とは、始原精霊や上位の精霊に名を与えた者のことを指す。強い力を持つ精霊は、固有名をつけられたことで存在が安定し、人族の世界で認識されるようになるのだ。そして、精霊として力を顕現させることも可能となる。


 ほのかに名前をつけたのは、シャポーが尊敬してやまない、教会の理事を務める三郎という人物だった。彼は、カルバリから馬車で十日以上もかかるソルジの街で、理事の仕事やら街の顔役として忙しい日々を送っているはずである。


「面白い物を連れている。使い魔の類かと思っていたが、よもや魔導師が精霊とともにいるとはな」


 動揺の色が隠せない別働隊から、アジェライードの落ち着きはらった声が響く。


 別働隊の中には、目の前の魔導師が精霊魔法にまで精通しているのかと、困惑する兵も出ていた。アジェライードは、部隊に平常心を取り戻させるため、全体に聞こえるように響く声を使って呼びかけたのだ。


 ほのかによって足を止められたロボリの兵士を横目に、アジェライードがシャポーへと歩み出た。


 アジェライードを、精霊の体内で蠢いているのと同様の黒いもやが覆っている。靄は、生き物であるかのように胎動し、ざわりとアジェライードの身体の周りを駆け巡った。


 シャポーは、身の毛がよだつ不気味さを感じとって、後ろにゆっくりと下がる。


「炎もしくは熱を司る精霊のようだ。上位精霊にも匹敵する力『有効』に活用してやらねばな」


 狂気を孕んだかのアジェライードの声は、精霊魔法によってシャポーにだけ届けられた。声色同様、彼の顔には嬉しさとも憎さともとれる歪な表情が浮かんでいたが、別働隊の中に気付いた者はいなかった。


(全てだ。全てを焼き尽くせるだけの力だ。生贄として奪った命の全てを使い切ったとて、手に入れる価値はある。あの熱量で首都カルバリを火の海に沈めれば、消費した贄の数も簡単に回収できよう)


 アジェライードが右手を前に差し出す。


 一瞬だけ静止した黒い靄が、暴れるかのように動いて、アジェライードの右手からシャポーへ向かって放出された。


 ぞわりとする感覚を背筋に覚えながらも、シャポーは防御魔法に意識を集中した。


 精霊力に傾けられた空間で、性能を落とすことなく魔法を展開し続けるのは容易ではない。そんな中にあって、シャポーは、幾重にも重ねた上級の防御魔法を維持し続けているのだった。


 アジェライードから伸びた黒く巨大な腕は、シャポーの展開している魔法に触れると、焦げ付くような音を立てて染みのように広がる。


 互いの術が接触したことで、シャポーは相手の使っている魔法が、精霊魔法では無いことを確信した。


「ううう、これは、呪術なのです。こちらの術式に、浸透して、くるのです」


 シャポーは防御魔法を強化するため、更に魔力を流し込んで処理速度を上げる。


 本来であれば、接触した魔法などを跳ね返したり、相殺したりといった現象が起きるはずだ。だが、靄は消滅したそばから補充され、防御魔法にまとわりついてゆく。


「呪術だって、防げるはず、ですけれども、密度が、異常なのです」


 シャポーは圧力に耐えかねて一歩後退した。その間にも、術式を脳内で修正して、呪術の浸食を遅らせる。


「呪術だと気づくとはな、なるほど優秀なわけだ。カルバリで奪った命の半分近くを消費しても、届かぬのも納得か」


 さも感心した声で、アジェライードは小さく首を縦に振った。


「カルバリの人を、必要以上に、殺したと、聞いたのです。こんなことの、ため、だったのですね」


 シャポーは、ロボリ軍が襲った村や町には生存者がいないとの報告を思い出して言った。


 呪術についても、シャポーは師匠の所で学んでいる。師匠は「発展性の無い古臭い術」と切り捨て、知識として知っておけば良いというスタンスでシャポーに教えていた。


 その知識の中に、生贄を使用する呪術式も含まれていたので、シャポーは取り乱さずにいられたのだろう。


「もとより根絶やしにするつもりであったからな。呪詛を強化する贄として、無駄にせず使ってやったまでだ」


「ひどいのです」


 アジェライードの物言いに、シャポーは語気を強めた。人の命を、物や道具としか見ていないような態度に、怒りを覚えたのだ。


「酷いと言うなら魔法を解除し、無駄な消費をせぬよう協力すれば良かろう」


 アジェライードが呪詛の圧力を強めると、防御魔法に衝突する面積を増した黒い靄が、音を立てて蒸発してゆく。同時に、シャポーの術式への浸食も加速した。


「くうう」


 シャポーは魔法の最適化をしつつ、防御の維持に努める。


(半分を使ったと言っていたのですから、このまま耐えられれば、防ぎきれるのです)


 勢いを増した魔術と呪術のぶつかり合いは、シャポーが有利である様に思われた。だが、アジェライードは余裕のある表情を崩していなかった。


「呪詛を強めるために、命を奪ったのはカルバリだけではなくてな。ロボリの北にある小国家群は、下らぬ小競り合いを常にしているのだよ」


 心の内を見透かされたかの言葉に、シャポーは険しい表情をつくった。


 アジェライードの言う通り、カルバリ侵攻の準備段階から生贄を確保していなければ、呪術による精霊の強制支配は行えていない。彼は、小国家群の戦争を利用して、多くの命を奪っていたのだ。


 圧を増した黒い靄は、シャポーの防御魔法の内側にまで滲みだす。


 シャポーに到達すると、自動的に「反動の障壁」が起動して、靄の先端を吹き飛ばした。命を奪った者の魂が集合した黒い靄であるため、反動の障壁が部分的にしか作用せず、アジェライードにまで衝撃を返すことができない。


「ぱああ」


 靄の破裂する音に身の危険を感じたほのかが、シャポーのフードの中に逃げ込もうと移動する。


 その小さい背中に、黒い靄が覆いかぶさるのだった。


次回投稿は7月19日(日曜日)の夜に予定しています。

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