第076話 炎の柱
シャポーやロボリ軍別働隊が動きを止めたのと同様に、超総合庁舎サーペン塔も砲撃を中止していた。
魔装臼砲は無駄に打ち続けられるほど低コストではないからだ。それに、塔が攻撃目標とされた場合に備え、防衛術式を展開する魔力エネルギーを温存せねばならないのも理由であった。
サーペン塔前広場は、三者の絶妙なバランスで膠着状態に陥っていた。
だが、ロボリ軍にとって何ら利の無い状況であり、それを良しとするほどアジェライードは愚かでは無かった。
「カルバリ軍の背後を奇襲することは、もはやできぬな。『大気の巨人』を塔へ向かわせ、こちらを砲撃できぬよう仕向ける。お前たちは、あの魔導師を早急に排除しろ。その後、作戦に戻り、カルバリ軍の防衛線を裏から攻撃する」
隣に控えていた別働隊の隊長に、アジェライードは新たな命令を与えた。
当初の作戦であれば、別働隊はアーナスの指揮する西防衛線の背後を、姿を隠したまま強襲するはずであった。西の防衛を崩した後、北と南の戦線を挟撃し、市街地に出ているカルバリ軍を一掃。最終段階として、本丸であるサーペン塔を全軍で包囲する手筈となっていた。
大気の巨人とは、王家が血の盟約により呼び出す強力な精霊のことだ。カルバリの象徴であるサーペン塔への総攻撃に際し、要として召喚するはずのものであった。しかし、アジェライードは手の内を知られる等のリスクを冒しながらも、囮として使う判断を下したのである。
「東門を攻略した際にも、お使いになられております。アジェライード様のご負担が――」
「このまま睨み合いをしていても仕方あるまい。策があるならば、聞くがな」
「いえ。出過ぎたまねを……」
冷たい視線とともに言葉を遮られた隊長は、隊員らに新たな命令を伝えるのだった。
両足を踏ん張るようにして立っていたシャポーは、ロボリ軍に動きがあることに気付いた。
「隊列を整えているのですかね」
「ぱ!」
シャポーが目を凝らすと、頭の上のほのかも敵の様子をうかがって肯定するように声を上げた。
ロボリ軍は、徐々に広がり横陣の形を取り始める。そして、別働隊の直上に大きな変化が起きた。
「大きな精霊さんなのです」
「ぱぁ」
ロボリ兵の身長の四倍はあろうかという、巨大な人影がゆらりと立ち上がったのだ。
大気を司る精霊は、後ろにあるカルバリの街並みを透過し、神秘的とも表現できる中性的な見た目を現しはじめていた。だが、その内部をどす黒い靄が蠢いて、夜空の下に不気味な存在として浮かび上がらせていた。
指の先まで完全に顕現した大気の精霊は、苦しげな低い声をもらすと、倒れ込むように前へ歩みでる。そのまま、シャポーとサーペン塔の方へ向けて舞い上がった。
「あばばば」
危険を察知したシャポーは、頭の中で準備しておいた防御術式を全て解放した。明らかに強大な精霊力を保有している相手であるため、シャポーは詠唱魔法も重ねようと試みる。
『シャポー・ラーネポッポの名を基軸にぃぃぃ……』
慌てるシャポーの上を、大気の巨人は通り過ぎてしまった。
「ん?」
「ぱ?」
思わず振り返ったシャポーとほのかが目にしたのは、超総合庁舎サーペン塔に施されている魔法陣が反応し、障壁の防御術式が緊急展開される様子だった。
攻撃の手段である魔装臼砲は、即座に反応することができず最大俯角の内側へと入り込まれてしまい、他の防衛機構も精霊力に傾けられた空間によって本来の能力を発揮できなかったのだ。
出現した魔法の障壁は、干渉色に発光して塔全体を覆いつくす。
大気の巨人が、勢いのままサーペン塔の魔法障壁へと腕を伸ばした。
精霊力と魔力とが衝突し、様々な波長の音がカルバリの首都に響き渡った。建物の窓は震え、音圧が風となって吹き抜ける。
並みの精霊なら、触れるだけで吹き飛ばされてしまうほど強力な魔法の障壁であるが、大気の巨人は肘から先を失うだけで耐えた。体内を蠢く黒い靄が腕に集まると、強制的に失った部分を再生させる。
超総合庁舎サーペン塔は、全てのリソースを障壁の術式に注ぎ、破壊された障壁を瞬時に再構築した。
巨人は苦しみの声を発しながらも、サーペン塔へ次々と拳を叩き込み続けるのだった。
「ぱぁぁぁ」
ほのかは、見ていられないとでも言うようにシャポーの頭に顔をうずめる。目に余る精霊の扱いに、シャポーも眉間に深い皺をつくった。
大気の巨人の発する悲痛な叫びに呼応するかのように、空間全体に膨張させられた精霊も呻き声を発していた。
「酷いので――っ!!」
ロボリ軍へと向き直ったシャポーの眼前に、黒い靄に操られた風や大気の精霊達が迫っていた。
シャポーが展開していた防御魔法に触れ、精霊らは悲鳴を上げて爆散する。
百近い数の精霊が、シャポーへと襲いかかって来ていたのだ。
限界を超える苦しみに歪められた精霊らの表情を目の当たりにし、シャポーは身体を強張らせてしまった。
反動の障壁に触れた精霊は、ロボリ軍の術者の元へと弾き返されて暴発し、接近しようと動いていた別働隊に被害をもたらす。
犠牲もいとわぬロボリ兵達は、消滅した精霊を再召喚し、シャポーへ突撃させつつ前進を続けた。
精霊を酷使するロボリ軍に、ほのかが怒りを覚えて立ち上がる。
「ゴゥゥゥ!」
ほのかは、轟音を響かせてシャポーと別働隊の間に、炎の柱を出現させた。
持続時間こそ長くはなかったが、周囲の大気が熱により渦となって上昇して、呼び出されていた精霊達をも巻き込んで空の彼方へと連れ去ってしまった。
突然、敵対的な精霊魔法が行く手を阻んだことで、別働隊が進軍を止める。警戒するだけの熱量を炎の柱は有していたのだ。
ほのかは、多くの精霊力を使ってしまったため、両肩を上下させながらロボリ軍を睨みつけるのだった。
次回投稿は7月12日(日曜日)の夜に予定しています。




