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第075話 成功した足止め

 シャポーの相殺する魔法は正しく発動し、精霊力に傾けられた空間を正常な状態へと戻す――はずであった。


「んん? おかしいのです」


「ぱぁ?」


 シャポーとほのかは、唇を尖らせて首をかしげた。精霊力に傾いた空間が、変わらず周囲を満たしていたからだ。


「失敗……ではないのですけれど」


 魔力を宿した両目で、自分の魔法が問題なく起動していることを確認し、シャポーは眉間に小さな皺を寄せた。


「我が軍の空間支配を解除したという魔法だな」


 訝しんでいるシャポーに、遠く離れた位置から発せられた声が届いた。ロボリ軍の中央にいるアジェライードが、精霊の力により音の振動を遠くまで響かせる術を行使して話しかけてきたのである。


 突然、近くにいない者に語りかけられれば、誰しも驚いてしかるべきだ。だが、シャポーは取り乱すことなく、話者であろうアジェライードを見据えていた。


 以前に勃発したクレタスの内乱において、シャポーは精霊の友人で精霊魔法の達人でもあるエルート族と行動をともにしていた。その際に、幾度となく精霊の助力を得て、葉の擦れる程の小さな音量でやり取りをしたり、離れた距離での会話をした経験がある。


 ロボリ軍が精霊魔法を使用する者達であると理解していることもあって、シャポーは冷静でいられたのだ。


「解除できない理由を考えているのではないか? 知りたいのならば教えてやっても構わないぞ」


 アジェライードは、表情も変えぬまま続けた。


 彼の周囲で剣を構えている兵士らが、静かに半歩シャポーへとにじり寄る。精霊魔法などで有効な攻撃をするには、まだまだ距離が離れすぎているためだ。シャポーの魔法を警戒しながらも、徐々に接近しようとしているのだった。


「教えてもらえるのでしたら、聞くのもやぶさかではないのですけれども。真実とは限らないのです」


 知りたい気持ちは本心としてありながらも、シャポーは敵軍の意図に薄々勘づきつつ答えた。


 どんなに優れた魔法の使い手であっても、射程距離というものは無視できない。攻撃魔法が、無限遠点にまで到達するならば、わざわざ戦争で兵士が前線に出て多くの犠牲を払う必要も無くなるのだから。


 しかしながら、効果を及ぼす位置座標に目標となるピン――魔法陣など――を打っておいたり、長い時間をかけて多くの魔力を込めた術式を構築するなど、距離を打ち消すための手法も存在する。が、この場にそぐわぬ解決策であるため参考にはならない方法だ。


(距離をつめるための時間稼ぎをしようとしているのですね。仮に、シャポーが相手の動きに合わせて下がってみせたら、解除できない理由を教えてくれないかもしれないのです)


 正否はともかく、空間を正常に戻す解決の糸口になればという思いと、敵軍の動きや意図を天秤にかけて、シャポーは悩み顔を深めた。


 シャポーが何らかの魔法を使うにしても、効果を弱体化されないに越したことはない。失神魔法の例もあり、シャポーの攻撃範囲内に別働隊がいることにはなるが、威力を減衰させられてしまう空間の中では事情が異なるといえよう。


 精霊力に傾けられた状態を元に戻しておくことは、シャポーがどのような行動をとるにしても必要な条件であると考えられた。


「嘘を教える理由は無い。なにせ、精霊と親交を持たない『魔導師』では、この空間を理解することなどできなかろうからな」


 残念さでも表現するかのように首を軽く横に振り、アジェライードはじらすように言った。


 その間にも、ロボリ兵は静かにシャポーへ向かって距離をつめる。


「精霊との親交……」


 ぽつりと呟いたシャポーは、アジェライードの物言いに引っかかりを覚えた。


(親交が無いと、精霊魔法が使えないのは当然ですけれども、その前に自然の中に溶け込んでいるような精霊自体を感知することができないのでしたか。魔導師であるシャポーは、精霊魔法が使えないというのは常識ですので、後者のことを指しているのだと思うのです。それと、空間の理解ができれば、解析して術式が構築できますので、解析が不可能と言いたいのですかね。ん? シャポーのような魔導師には、この空間を「る」ことができないという意味なら――)


 シャポーは、呟くのと同時に素早い思考で整理して、はたと思い至る。


 両の瞳に宿る魔力を強め、シャポーは周囲の空間に意識を集中した。


「精霊魔法ではなく、精霊自体なのですか? 巨大になった精霊さんの内部なのですね」


 似て非なる空間であることを、精度を高めた魔力の視野がシャポーに伝えていた。精霊魔法でつくり出された精霊力の力場ではなく、膨張した精霊によって空間全体が覆われていることを、シャポーの目は微かながら感じ取ったのだ。


「ほう、少ない情報からよくもたどり着けたものだ。その上、存在を隠している精霊を視認したか。思った以上に実力のある魔導師のようだな」


 アジェライードは口の端を歪めた。シャポーに興味を覚えたかの表情にも見て取れるが、魔導師に対する嫌悪の感情も入り混じっているようだった。


 その時、シャポーの後方で、膨大な魔力が集束する気配が起こる。


 シャポーが、魔装臼砲によるものだと気づいた次の瞬間、超総合庁舎サーペン塔からロボリの別働隊に向けて魔力が解き放たれた。彼女の頭上を、純然たる魔力の塊が砲弾となって通過する。


 発射音を置き去りに、魔力の砲弾は周囲の空気を巻き込みながら、ロボリ軍へ向けて緩やかな弧を描いて襲来した。


「ぱぁあ!」


 ほのかが、強風で乱れるシャポーの髪にしっかりとしがみつく。


 照準を完璧なまでに調整された魔装臼砲の弾は、別働隊の只中に着弾するのは間違いなかった。砲撃を放った者達も、疑いはしなかっただろう。


 だが、シャポーの頭上を過ぎるあたりには、魔力エネルギーの大部分が拡散されてしまい、減衰時間が増してゆくかのように威力を失ってゆく。


 ロボリ軍別働隊の中央にいるアジェライードまで到達することなく、魔力の砲弾は大気の中に霧散して消え入った。


 さらに二発の砲撃が行われるも、前の弾と同様に魔力を消失するだけに終わる。


「この精霊力に傾いている空間ですが、知らされていたのよりも強力かもしれないのです」


 カルバリ軍の内部で共有されていた情報と比較し、シャポーは口をへの字に曲げて小声で言った。同時に、迂闊に魔法を使うことが出来ないと考えていた。


 仮に、シャポーの魔法の影響範囲が短いと知れれば、ロボリ軍は遠慮なく進んでくるのは明らかだ。接近を許し、精霊とともに兵士らに突撃されたら、防御魔法の許容負荷を越えられてしまう恐れもある。


(これはですね、近づかれる前に、ちょっとずつ下がっておいた方がいい感じなのですよ。でもでも、ロボリの人達の動きも止まっているみたいなのです)


 シャポーの見立て通り、ロボリ軍も前進するのを停止していた。


 威力減衰しこそすれども、魔装臼砲の魔力砲弾が、ぎりぎり届く範囲に踏み込んでしまうのを嫌ったのである。


(あ。足止めといたしましては、大成功なのではないでしょうかね)


 下手に動かない方が良さそうだなとの結論に達したシャポーは、身じろぎすら止めて目を瞬かせるのだった。

次回投稿は7月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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