第074話 簡易版の相殺の魔法
「えっほ、えっほほ、えいほっほ」
「ぱ! ぱっ! ぱあ!」
カルバリ市街地の上空を、建物づたいにシャポーが飛び跳ねて行く。上下に揺れるフードの中で、ほのかが楽しげな調子で合いの手を入れていた。
行先は、巨大な超総合庁舎サーペン塔の前の広場であるため、街の地理に疎いシャポーでも迷うことなく真っ直ぐに向かえている。
ロボリ軍から別れた部隊は、カルバリの防衛線を大きく迂回する経路で移動しているため、シャポーの方が悠々と先んじることが可能だった。
「とう! なのですよ」
「ぱぁぁ~!」
目的地である広場に到着し、シャポーは元気に五階建ての建物から飛び降りた。当然、体内魔力を操作しての跳躍であり、着地の衝撃を吸収する術式も発動している。
ほのかは、落下する感覚が楽しいのか、満面の笑顔で両手を上げていた。
「アーナスさんと地図を確認した通り、シャポーの方が敵さんよりも先に着くことが出来たのです」
「ぱあ!」
見事な着地を決めたシャポーが、別働隊の侵入してくる道へと振り向いて言うと、ほのかも満足した様子で頷く。
シャポーの両目は、既に魔法によって薄緑色に発光しており、大気や風に含まれる魔力の微細な変化をも感知できる。ロボリ軍の別働隊が発する気配が近づきつつあることを、目に映る小さな違和感としてシャポーは観ることが可能となっていた。
「空間を精霊力に傾ける魔法は、使っていないのですかね?」
シャポーは、敵が現れる方向に注意を向けながら、広場の真ん中へと移動して呟く。
別働隊が空間支配の精霊魔法を発動していたならば、その範囲に入っていてもおかしくない距離であると思えた。カルバリ軍に合流していた時には、かなり離れた場所から空間支配の影響を受けていたはずだ。
「ぱぁ?」
シャポーの頭の上へと移動したほのかが、シャポーの真似をして首を傾けた。
「あ! なるほどですね。せっかく姿隠しの魔法を使っているのに、精霊力へと傾けた空間に入ったのを察知されてしまえば、何者かが近付いていると、ばれてしまうので使わないようにしているのですよ」
「ぱあ!」
シャポーが納得の表情で手を打ち鳴らすと、ほのかも納得の表情を真似た。
姿無きロボリ軍の別働隊が広場に現れたのは、シャポーの到着から間もなくのことであった。
百騎の兵団は姿を完全に隠し、道の上に浮かんでいる街灯の光ですら、彼らの影を映し出すことは叶わなかった。
別働隊は、細い路地から出た際に隊列を組みなおしており、攻撃に有利なひとかたまりの陣形となって移動していた。カルバリ軍との会敵に備え、突破力の高い隊列を採用したのだろう。
姿形の視認できない騎兵隊に突然襲い掛かられては、どんなに精強な部隊とて食い止めるのは不可能だ。
だが、部隊の存在を把握し、到来に備える時間が僅かながらでも確保できたシャポーに対して、一塊となっていたのは仇でしかなかった。
「魔導師?」
広場中央に佇んでいる人影があることに気付いたロボリ兵が、ふと漏らす。刹那、兵士の視界がぐにゃりと歪み、騎乗していた獣の足から力が抜け落ちた。
転倒する騎獣から兵士らが投げ出され、意識が朦朧としてしまった者は、地面に打ち付けられた。
(精神魔法の類か。騎獣は……使い物にならんな)
身を翻して着地したアジェライードは、手綱をぐいと持ち上げて己の乗っていた獣を確認した。死んでいるわけではないが、舌がだらしなく垂れ下がり、目を薄く見開いてしまっている。
彼自身にも強烈な眩暈が襲いかかったが、咄嗟の精神集中と脳内に精霊魔法を行使したことによって、意識を手放さずに堪えることができたのだった。
「対精神魔法を強化。騎獣は諦めろ。我々を待ち伏せていた魔導師がいる」
素早く剣を抜き放ったアジェライードは、兵士らに指示を飛ばす。
地面に落下してしまった兵士も、かぶりを振って意識をはっきりさせると、アジェライードの声に反応して隊を立て直してゆく。
魔法の効果を見定めていたシャポーは、困った表情を浮かべていた。
「快眠魔法では無く、強い失神魔法を使ったのですけれども、兵隊さんには上手く効かなかったみたいなのです。抵抗できたということは、修道騎士さんくらい強いってことかもしれないのです」
シャポーの魔法は狙い違わず発動し、別働隊の騎獣は全て倒れ伏している。だが、乗り手である兵士らは、ふらついている者は見受けられるものの、全員が立ち上がってくるのが見えた。
クレタスの騎士団においても、精神魔法に対応するための訓練は一般的に取り入れられている。ロボリ軍の兵士が、精神魔法に抵抗できても不思議ではなかった。しかし、シャポーの失神の魔法に耐えたところを見ると、相当な熟練度の兵士達であると推察できた。
「うーん。これ以上効果の強い魔法となると、準備に時間がかかるのですけれども」
シャポーが呟くと、ほのかも残念そうに「ぱぁぁ」と答えた。
ロボリ軍は、シャポーの魔法によって足止めを食らったことで、姿隠しの精霊魔法を解除している。アジェライードは、戦闘を開始するため、空間を精霊力へと傾ける精霊魔法の行使を始めていた。
精霊力の空間が膨張し、シャポーまで一気に飲み込むと、魔導研究院の塔をも覆うまで急激に広がる。
「ものすごい勢いだったので、びっくりしちゃったのです――けれども、アーナスさんにお渡しした魔法陣とまではいきませんが、簡易版のアイディアならば思い浮かんでいるのですよ」
失神魔法を防がれてしまい次の一手を考えあぐねていたシャポーだったが、精霊力に傾いた空間を前にして、鼻息を強めて言い放った。
先だってアーナスに手渡した空間支配を力技で相殺する魔法陣は、師匠である大魔導師ラーネの複雑な魔法陣を使用したため、オーバースペック感の否めない一品となっていた。
一度作ってみたことで、シャポーは最適な出力の魔法の組み方を考えついていた。
「ぱっぱっぱぁ!」
やってしまえとでも言うように、ほのかが拳を上げて応援する。
シャポーは思考空間から数種の魔法陣を取り出すと同時に、内部に描かれている術式を手早く繋ぎ合わせた。
『シャポー・ラーネポッポの名を基軸に、空間干渉九ノ二十二方程式を起動し、モジュール化法陣経由にて、任意零を原点とし力場の発動を許可す』
流麗な魔導言語が紡がれると、魔力回路で結ばれた魔法陣が淡い金色に発光してゆく。
シャポーの立っている位置を中心に、精霊力へと塗り替えられた空間へ、相殺する魔力が解き放たれたのだった。
次回投稿は6月28日(日曜日)の夜に予定しています。




