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第072話 超重要アイテムを手渡されて

 シャポーが別働隊の対処を申し出ると、アーナスは複雑な表情を浮かべた。


「しかし、お一人で百騎からなる敵を相手どることになりますよ!?」


 アーナスとてシャポーの能力を疑って言っているのではなかった。クレタスの内乱では、その実力を直接見てもいるし、貴族レイロゲートの起こした騒動も、シャポーが早急に収めたといえる。


 しかし、ロボリ軍の別行動を開始した部隊は、正体不明なうえ練度が高いと推察できるのだ。


「一人ではなく、ほのかちゃんも居ますので大丈夫なのです」


「ぱぁ!」


 フードから這い出てきたほのかが、シャポーの肩から顔を出して拳を高々と突き上げた。


 アーナスの複雑な表情が深くなる。ほのかは抗議の意も含めて「ぱぁ!」と再び拳を突き上げて見せるのだった。


「離れた所からですね足止め用の魔法を使おうと思いますので、ご心配ご無用なのです。任せてくだすって結構ですので」


 真面目な顔をしたシャポーが、ぺしりと胸を叩く。


 実際のところ、観測兵すら相手の存在を感知できていなかったので、シャポーに頼むしかないとアーナスも理解していた。


「わ、わかりました。ご無理はなさらないでください。防衛線は我々が『一命を賭して』防衛しますので、こちらはお任せください」


 アーナスは険しい表情でシャポーに返した。


 彼女は、シャポーの心配だけでなく、指揮官として西防衛線についても憂慮していたのだ。


 北と南のカルバリ軍は研究院の魔導師が到着してから戦況を好転させている、との一報を受け取っていた。


 アーナスの指揮する西の軍は、戦況を有利にするための「シャポーの援護」を失ったうえで、これからロボリ軍と対峙せねばならなくなる。そのため、命に代えてでも膠着した状況を作りださねば、と決意せざるをえなかった。


(精霊力に傾いた空間で、どこまで戦線を維持できるか。他の戦場がこちらに兵力をまわせるようになるまで、少しでも長く持ち堪えなければ!)


 シャポーが危険な役を買って出てくれたのだからとの思いもあり、アーナスは口を真一文字に引き結ぶ。


(結局、我が軍の後方を突かれでもすれば、敗北以外ありえない。シャポーさんがそれ以外の選択肢をくれたと考えないと)


 前向きな思考に切り替えようとするアーナスの前で、シャポーは自分のローブの中をごそごそと探っていた。


 気付いたアーナスが不思議そうに首を捻ると、シャポーは内ポケットから何かを引っ張り出した。


「シャポーはここを離れてしまいますので、こちらの小さいエネルギー結晶を基軸としてですね、空間支配の精霊魔法を相殺する魔法陣を発動しておきますのですよ」


「相殺、ですか?」


 すぐにシャポーの言葉を理解できなかったアーナスは聞き返す。


「ですですね。解析してみましたところ出来そうでしたので」


「解析? ああ、先程の魔力の瞳は解析のために」


 シャポーが両目に魔力を集中し、薄緑色に発光させていたのを思い出したアーナスは納得の声を上げる。が(あんな短時間で解析って……)と思わずにはいられなかった。


 シャポーは、頭上に思考空間の入り口を広げると、その中から三つの魔法陣を取り出す。


「わぁ――」


 一瞬ではあったが、アーナスは立場や現状を忘れシャポーの思考空間に目を奪われてしまった。


 ぽっかりと口を開けたそこは、底の知れぬ暗黒色の空間だった。だが、空虚な世界ではなく、魔導師であるアーナスには魔力で満たされていることがわかる。


 輝きを放つ数多の魔法文字や様々な形の魔法陣が漂い、まるで夜空の星雲を見上げているようだとアーナスに感じさせた。


 必要な魔法陣が取り出されると、思考空間はすっと閉じられて見えなくなった。


「師匠に教わった魔法陣を入れておいてよかったのですよ。一から構築するのは時間がかかりますので――っと、これで良いと思うのです」


 言い終えると同時に、シャポーは戦場に向けて完成した魔法を行使した。


 突如として頭上に出現した巨大な魔法陣に、魔導師団やエルダジッタ部隊のみならず、地上に展開している友軍の兵士らも驚いて上空を仰ぎ見た。敵であるロボリ軍は、大規模な攻撃に備えたのか進軍の足を鈍らせる。


 派手な演出とは裏腹に、空間支配を消し去るという地味な変化が戦場に展開され、魔法陣は姿を消した。


「ではでは、こちらをお渡ししますので」


 シャポーは魔法の効果を見定めるとアーナスにエネルギー結晶を手渡す。


 アーナスと近くにいた魔導師達の視線が、手に乗せられた結晶へ自然と向けられた。


「行ってくるのです!」


「ぱぁぱぁ」


 走りだしたシャポーの背中では、フードから顔を出したほのかがアーナスに笑顔で手を振っていた。


「え?」


 とても気軽な感じで手渡された『戦況を左右する超重要アイテム』に再び目を落とし、アーナスは一瞬呆けた様子で立ち尽くす。されども、彼女も精鋭部隊の副官を務める者だ。冷静さを取り戻すため、すぐさま己の頬を叩いて良い音を室内に響かせた。


「迎撃を開始する。魔導師団及びエルダジッタは、建物の屋上へ移動。通常迎撃態勢で対応。地上の軍にも通達」


 アーナスは指揮官として凛と張った声で部下に命令を下した。


 だが、シャポーより授けられたエネルギー結晶を握る手は、じっとりと汗をかき、緊張で微かに震えている。


(しゃしゃしゃ、シャポーさんって、私の知ってる魔導師と違くない? 魔導師って何でもできちゃうんだ。今時の魔導師はすごいんだなぁ……って、そうじゃなくて、苦戦の原因だった空間支配を相殺するアーティファクトが、私の手の中にあるんだけど。握ってなきゃだめなの? ととと、取り扱いの説明を――)


 心乱れるアーナスの目尻には、微かに光るものが浮かんでいた。


 渡されたモノが意味不明すぎるうえ、魔法の中心がアーナスだとバレでもすれば、敵の攻撃目標が彼女になるであろう事は誰にだってわかるのだから。

次回投稿は5月31日(日曜日)の夜に予定しています。


体調不良の為、投降予定を6月7日(日曜日)の夜に変更させていただきます。


書き上げることが出来なかったので、投降予定を6月14日(日曜日)に延期させていただきたいと思います。度々の変更で申し訳ありません。

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