第071話 シャポー
「えっほ、えっほ、急ぐのですよっほ!」
シャポー・ラーネポッポは、建物の屋根から屋根へ飛び移りながら、夜に沈むカルバリを駆け抜けていた。
魔導研究院も入っている超総合庁舎サーペン塔へと進軍しているロボリ軍を迎え撃つため、街中に陣を構えている友軍に合流するためであった。
彼女の両目から放たれる薄緑色の魔力光が、シャポーの移動の軌跡を黒い空に描いて行く。
シャポーは、その言葉通り急いでいた。地上を移動していたばかりに、避難する市民の波に遭遇し、あらぬ方向へと走ってしまっていたのが原因だった。
「えっほ、えっほ、もっとお外に行っておけば、よかったのですよっ!」
魔導研究院に来てからと言うもの、シャポーは多くの時間を研究室で過ごしていたため、ろくに市街を散策していなかった。そのせいもあってカルバリの地理に疎いシャポーは、避難する人々に巻き込まれただけで簡単に方向を見失ってしまったのである。
最初から屋上を移動しておけばよかったなと考えながら、シャポーは体内魔力を操作して次の建物の屋上へと跳躍する。
シャポーの背中では、大きく上下しているフードから顔だけのぞかせたほのかが、アトラクションを楽しむかのように「ぱっ! ぱぁぁぁ~」と揺れにあわせて声を上げているのだった。
合流地点である建物に到着すると、屋上で警戒に当たっていたエルダジッタ部隊の魔導師が、西防衛線の魔導師団指揮官の元へとシャポーを案内した。
「しゃ! しゃしゃしゃしゃぁ」
「しゃ?」
シャポーの顔を見た途端、慌てた口ぶりで駆け寄ってきたのは、この場の指揮を任されているエルダジッタ部隊副官のアーナスだった。シャポーは首を傾げて彼女を見上げた。
「ましゃか、シャポーさんが来てくれるなんて! ダイヘンツ隊長からは、研究院の魔導師とだけ聞いていたんですよ。レイロゲート邸でのお礼も直接できていなかったですし。ああ、百人力――いえ、千人力ですね!」
アーナスは、シャポーの両手を力強く掴んで嬉しそうに言った。
「ぱっへん!」
きょとんとしているシャポーの代わりに、ほのかが任せろと答えるように胸を叩くのだった。
まずアーナスは、命を救われたことについて、深い深い感謝をシャポーに伝えた。貴族であったレイロゲート家の起こした事件で彼女は深手を負い、シャポーに救われたのだ。仮に処置が遅れていれば失血死を免れていなかったのだという。
そして、表情を引き締め直したアーナスは、現在の戦況へと話を移した。
「ロボリ軍は、まだここまで到達していません。北と南の戦線を押し広げてからの侵攻であったためと考えられます。我が軍も、優位となる大通りの先に防衛線を構築したので、他の戦線とは会敵に時間差が生じているんです」
机上の軍用ゲージに映し出された地図を示しながらアーナスはシャポーに説明する。
「敵が隊列を維持しつつ、慎重に向かって来ている事も意味しているのですが」
突撃の号令一下、我先にと攻めて来てくれれば、防衛陣地を築いているだけに戦況を有利にしやすかったのだと付け加えた。
「おかげで、シャポーは合流に間に合えたのですね。避難する人たちに巻き込まれてしまいまして、ちょっと道を間違えたので来るのが遅れてしまったのです」
シャポーは、ばつの悪そうな顔をして頭を下げた。
「戦闘が始まってもいないのですから、遅れただなんて、とんでもないですよ」
両手を振って、アーナスは問題ないと返すのだった。
その時、地上に展開しているカルバリの兵から、ロボリ軍が現れたとの報告が入る。
窓に向かったアーナスとシャポーの目に、大通りいっぱいに広がる敵軍の影が映った。飛翔する街灯によって街中に浮かび上がるその姿は、実際の数よりも大軍である印象を与えながら迫り来るのだった。
「凄い人数なのです」
「ぱぁ」
驚きの声を上げるシャポーとほのかの隣で、アーナスは部下に迎撃態勢をとるよう指示を飛ばした。
「精霊力に傾けられた空間というのは、ロボリの軍隊を中心に広がっているアレなのですね」
「せ、精霊魔法が見えているんですか?」
シャポーの言葉を耳にしたアーナスは、目を丸くして聞き返した。
両目から薄緑色の光を発しているシャポーは、解析するかのようにじっと前を見つめている。
「今ちょうど、影響圏内に入ったのです」
「確かに、空気が変わりましたね」
流石は精鋭部隊に所属しているといった所か、アーナスも変化を感じ取って頷いた。ほのかは急いでシャポーのフードの中へと潜り込むと「ぱ!」と嫌悪の声を上げるのだった。
敵軍を観察しながら、シャポーは「ミシルパさんからの連絡の通りなのです」と納得していた。隊長格の者が、空間支配の精霊魔法を行使しているとの内容についてである。
ロボリ軍の隊列内の数か所が起点となり、空間支配の精霊魔法が行使されているのが見て取れたのだ。
「あれれ、今のは」
シャポーが右方向へ顔を動かせて呟く。
「どうかしましたか?」
魔導師団員に対し、戦闘時の注意を伝達していたアーナスが、シャポーの表情に気が付いて声をかけた。
「んっとですね、敵軍の隊列の中ほどから、右方向に別れた部隊がいたのです」
「え、私には確認できませんでした」
アーナスも注視していたはずだが、そんな敵軍の動きは見えていなかった。だが、シャポーを信じた彼女は、すぐさま観測兵に部隊の存在を確認するよう命じる。
「とっても上手な精霊魔法の姿隠しを使っていたようなのです」
シャポーの言葉を裏付けるかのように、観測兵からは別働隊の存在が確認できないとの報告が入る。魔導師団の目を欺くともなれば、相当な実力を有する敵部隊が、作戦行動を開始したと考えられよう。
「どの辺りだったか解かりますか?」
軍用ゲージの所に戻ったアーナスが、遂次情報が更新されてゆく地図を前に、シャポーへ問いかけた。
ゲージを覗きこんだシャポーは、脳内で距離を計算して指さす。
「この細い横道のある所なのですよ。物体からの放射エネルギーが見えただけなので正確な数ではないのですけれども、百騎程度かと思われるのです」
シャポーが指を置いた場所には横道があり、その先は行軍には適していない裏路地が繋がっている。障害物となる塀なども散見され、地図上では行き止まりと判断されるような道でもあった。
だが、とアーナスは考えを改めた。エルダジッタの魔導師であれば、体内魔力操作で低い塀ならば乗り越えられる。ならば、ロボリ軍の使用している六本の足をもつ猫科の騎獣ならば、山岳の険しい道なき道をも踏破する能力を持っているのだから、街中にある人の侵入を防ぐ程度の障害物ならば問題としないはずだ。
「首都カルバリの地理を理解していると考えた方が良さそうですね」
アーナスの額に嫌な汗が滲む。なぜなら、シャポーの示した位置から地図をなぞって浮かび上がったのは、サーペン塔前の広場へと繋がる幅広の道に通ずる経路だったからだ。
「魔導研究院の方に向かおうとしているのかもです」
「それだけではありません、我々西防衛線の背後を攻めることも可能になります」
細い裏路地は、隊列を伸ばしてしまうだけでなく、障害物ばかりの悪路としか言えない。が、道に出て隊列さえ整えてしまえば、これ程有効な別働隊はない。しかも、姿無き百騎の兵団ともなれば尚更だ。
(防御魔法を使って護りを固めるため、サーペン塔には十分な兵数を残していない。迎撃を要請したところで部隊が編制できない。ならば、この防衛戦から兵を動かす? いや、相手は存在が未確定の部隊だから、防衛線を崩すような動きをすれば味方が混乱をきたす。それ以前に、眼前に迫っている敵の方が数で上回っているのだから部隊を割くなど不可能か)
ロボリ軍からの攻撃が今にも開始されようという中にあって、アーナスは最善の手は無いかと思考する。その隣で、シャポーは地図上の距離を指先で測りながら「うーん、うーん」と考えを巡らせていた。
「エルダジッタから数名出し、別働隊の牽制をする? いえ、敵の姿隠しを看破できないなら、無駄にしか……」
アーナスが苦々しい声で呟いたとき、シャポーがぽんと手を打った。
「でしたら、シャポーが急いだら間に合いそうですので、そちらの足止めをしてみるのです」
予定よりも一日早いのですが、投降させていただきました。
次回投稿は5月24日(日曜日)の夜に予定しています。




