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第070話 鉱物の矢と大気の弾

 南側戦線の指揮官であるエルダジッタ部隊の男は、不安と疑惑の入り混じった視線を向けていた。


(ダイヘンツ隊長からは、魔導研究院の魔導師が『戦況を変えるべく合流する』との連絡を受けていたが、こんなに子供っぽい人物だとは想像していなかったな。本当に大丈夫なのだろうか)


 ピョラインは、低身長であることに加えて柔和な丸顔をしているため、実年齢よりも若く見える。二つに結わいた髪も適当が過ぎるため、更に子供じみた印象を指揮官の男に与えたようだ。大きな黒縁の丸眼鏡も、二十三歳らしい装いとは言い難いものだった。


 一方のムプイムは、実際に少女と呼べる年齢であるので、指揮官の目に狂いはない。だが、戦場だというのに、どこか緊張感のないムプイムの表情が、彼の不安を駆り立ててしまったのであった。


 それは、指揮官以外の兵らも同様で「増援? だよな?」との疑問を顔に浮かべてしまっていた。


「どうもどうも。え~っとですね、隊長らしき人を倒せば、空間支配の精霊魔法を解除できるみたいですので、そちらから外を見させてもらってもいいですかねぇ」


 軍に合流するという事に慣れていないピョラインは、いつもと変わらぬ口調で前線に面している窓を指差した。戦場というものを少しでも理解しているならば、まずは指揮官に状況を確認するのが定石だったろう。


「ベテラン魔導師?」


「かなぁ?」


 彼女の言動に対して、魔導師団の兵士らはひそひそと話している。


 周囲の空気に気付いていないピョラインは、窓辺へそそくさと寄って行った。


 窓に張りついている魔導師団やエルダジッタの兵が屈んでいるため、ピョラインも姿勢を低くする。そして、顔の半分を出すと地上の様子を確認した。


 ムプイムもピョラインの真似をして、ちらりと外に視線を向けた。


「おんや~、確かに確かに、一般の兵士とは違う見た目の人が居るのがわかりますねぇ。あの人達に攻撃すればいいのかな」


「たぶん」


 一度顔を引っ込めた二人は頷き合う。


「ではでは、攻撃してみますけど、いいですかねぇ」


 ここでようやっとピョラインは指揮官に許可を得るために声をかけた。


 二人の後ろを着いてきていた指揮官は、突然振り向いて言われたので、ぴくりと肩を震わせる。


「う、うむ。頼む」


 二人があまりにもマイペースであったため、指揮官は動揺しながらも攻撃を許した。


 上司であるダイヘンツから、切り札であることを示唆する連絡をもらっていたのも、簡単に許可を出した理由であった。


(見た目とは違い、まるで熟練魔導師の貫禄を感じさせる余裕ある態度だ。もしや、この二人には理由があって、容姿を若く見せる魔法を使っているのかもしれん)


 指揮官の勘違いを余所に、ムプイムが別の窓へと移動する。そこにいた魔導師団員から場所を譲ってもらうと、すぐさま攻撃準備に入った。


(幻術の類ではなさそうだ。見破れない程の高度な術式なのだとすれば相当な実力者ということになるのでは? 正体を隠す理由があるとか)


 眉間の皺を深めている指揮官の目の前で、ピョラインは思考空間から展開した術式に魔力を込めた。当然ながら、シャポーから教わった精霊文字を組み込んだ術式だ。


 ピョラインの頭上に土の塊が出現すると徐々に矢の形へと変化してゆく。


(土の攻撃魔法とは少々珍しいな。精霊で防御されてしまった場合、土魔法の硬度では少し頼りない気もするが問題ないのだろうか?)


 そんな疑問を抱いた指揮官だったが、彼の両目がみるみるうちに見開かれていった。


「何だ、その、魔法は」


 思わず指揮官が声を漏らしたのも仕方ない。ピョラインの出現させた土の矢は、密度を高め続けており、夜空に溶け入りそうな色にまで変化していた。


 硬く重い鉱物へ変貌を遂げているのが一目で解るほど、その矢は室内へと入ってくる微かな光を艶やかに反射させるのだった。


 隣の窓では、ムプイムが思考空間から頭大の球状積層魔法陣を出現させ、素早い操作で魔法を構築している。


 場所を譲った魔導師団員が、数層からなる球体の複雑な動きを、口をぽかんと開けて見守っていた。


「ほいでは同時にって感じで大丈夫かなぁ」


「準備完了、合わせる」


 ピョラインの声にムプイムが即答する。


 積層魔法陣に見入っていた魔導師団員は、準備完了と答えたムプイムの言葉が信じられなかった。積層魔法陣が複雑に動いていただけで、攻撃魔法が発現している様子が一切見られなかったからだ。


 ムプイムの準備した物が、どんな攻撃魔法なのか誰も判断つかぬまま、ピョラインの超硬質の矢が先に放たれた。


 矢は揚力を得ているかのような緩い上方向の軌道を描きつつ、友軍の頭上を越えて目標へと高速で迫る。敵の隊長は、避ける間もなく胸に大きな穴を穿たれていた。


 黒色の矢は、夜闇の中にあって目視するのが困難であったのだ。


 形状からは想像出来ぬ程の質量となっていた黒い矢は、標的であった隊長の体を貫いた後も敵兵の中を直進し、十数人を貫通した後に砕けて消え去った。


 ピョラインの矢と同時に、ムプイムの攻撃魔法も解放されていた。


 室内には「キンッ」という気圧変化による音だけが残され、狙われたロボリ軍の隊長は額を打ち抜かれて騎獣から落下したのだった。


「し、失礼ながら、何の魔法を?」


 ムプイムの傍に居た魔導師団員が思わず問う。


「ん。単純な大気の魔法。圧縮空気の弾」


 表情を変える事無くムプイムは答えた。


 日課のように行っていたシャポー達との魔法の練習が、二人の実力を大幅に引き上げていた。しかしながら、手本としているシャポーが規格外なためか、ピョラインもムプイムも自分の成長をあまり実感できていないのだった。


「いやぁ、上手くいったのかなぁ。空間支配も弱まったみたいだねぇ。よかったよかった」


「この付近だけ、解除された?」


 背後で起きたざわめきにも気付かないで、ピョラインとムプイムは、自分たちがきちんと出来たか確認して胸をなでおろした。


 南側戦線の指揮官はピンときた。


(もしや、この二人は政府が秘密裏に作り上げている特殊部隊のメンバーなのでは!? そうに違いない!)


 己が、特殊部隊に当たる精鋭部隊エルダジッタの者であることを忘れて、指揮官は腑に落ちた表情を顔いっぱいに浮かべるのであった。

次回投稿は5月17日(日曜日)の夜に予定しています。

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