第1章 その3
昨夜。
≪幽体≫の俺は、部屋を見回す。北側のベッド、南のクローゼットと、そこに張られたグレイ型宇宙人のステッカーが4つ。他にもスピーカーや携帯ゲーム機、その他もろもろ……。
紛うことなく俺の部屋だ。
いつか来るこの日のために何度もシミュレーション――というより、妄想したことを思い出す。
まずは透ける自分の手だ。
≪幽体≫は≪幽体≫の自己をつかめるのか?
――つかめない。
これも想定済みだ。次いで、もっと「つかむぞ」という意思を強く念じてつかむ。
――つかめない。
どうも駄目らしい。
≪幽体離脱≫していられる時間が有限かもしれない。
次だ。これが重要だ。心臓もない(?)のにドキドキする。やはり幻覚なのか? という言葉が浮かんだが、無視して眠れるチー牛、≪実体≫――そう名付けようと考えていたのだ――の俺に身体を向ける。
目標は≪実体≫の向こう、寝室のカレンダーの所だ。
手も身体も動くから、幽霊みたいに浮かんではいるが、前進も出来るだろう。
「やった!」
成功!
思わず口を付いて言葉が出た。
一応喋れるらしい。新情報にまた胸が高鳴った。
2025年9月のカレンダー。イラストは何かの猫のキャラクターだ。現実で見たのと同じだ。オーバードーズしたメジコンの幻覚だったとしてもすごい再現度だ。
カレンダーの下には赤いマジックペン。
予定を書き込むときに使っている。
このマジックペンに干渉して、カレンダーに印は書き込めるか!?
ついつい深呼吸した。肺を満たす空気の感覚がある。
視界の端の≪実体≫に、大きな動きはなかった。
よし、と覚悟を決めて、透ける右手をペンに伸ばす。念じた方が良いのかとも妄想した。しかし、まずはこっちだ。
「――――!? つかんだ!?」
マジックペンが手の中にある! 硬質な手触りもある。やはりこれは本物なのか!?
この時のためにペンのキャップは毎回一応緩めておいた。小さなエネルギーでも干渉出来るようにしておいたのだ。
左手で難なくキャップが外れる。
よし、いける!! これがリアルだと証明するために、俺は赤い三角をカレンダーに書く。場所は左上隅。
不格好だが、△がしっかり書き込まれた。少なくともそう認識している。
まだこれで終わりではない。対角の右下隅にも△を追加する。念には念をというやつだ。
「ふう」
大仕事をやり終えた気分だ。しかし、これは第1段階、まだ手始めに過ぎない。
俺は寝室のクローゼットに視線を移す。
クローゼットの裏側の部屋には、リビングがある。
勿論、壁を透過できればの話だ。
さあ、次の実験だ。
≪幽体≫は壁をすり抜けられるか!?




