第1章 その1
父の名は九十九太郎といった。
少し古いスラングを使えば、恵まれた苗字からの、平凡過ぎる名といったところだろう。
祖父が何を思って父をそう名付けたのかは、ついぞ俺は知らないままだ。
ただ父は明らかに「太郎」というその名にコンプレックスを抱いていた。
そんな父であったが、199X年、ある小説に出会う。清涼院流水の「コズミック」である。
そこに出てくる超美形、目を合わせた者はあまりの美しさに気絶する、思い出しても気絶する、史上最年少で探偵神(God of Detective)になった等々、要するに作者の考えた最強のキャラである、「九十九十九」に魅了されてしまうのだ、父は。
ここまで書けば賢明な読者は察しがつくだろう。
そう、俺の名前は九十九十九となった。
朝8時、定刻のアラームが鳴り、これまたいつも通り起きた。
何となく――いや、不安になったのだ――両手を開いたり閉じたりする。
自分の肉体を意識する。異常はない。9月上旬、まだ続く夏でエアコンを付けて寝たが、寝汗も寝冷えもなかった。
また確認するように伸びをしてベッドから抜け出す。キッチンへ向かうと、ヤマザキの安い食パンをレンジに入れてトーストモードにした。
出来上がるまでに冷蔵庫のヨーグルトを取り出して食す。
何気ない朝。いつもの朝。が、内心は昨日の≪幽体離脱≫の興奮で一杯だった。
脳内では「俺はついに≪幽体離脱≫を経験したんだ!!」という叫びが止まらない。ヨーグルトごと興奮を飲み込んでみたが無意味だった。
チンッ!!
レンジの音でもその興奮は割けなかった。トーストを取り出す手は少し震えていた。
ピロンピロン♪
おっと珍しい。朝からLINE通話だ。
素早くトーストを皿に移しスマホを手に取った。
相手は――メメ子からだった。




