EP・5 昼休み(二)
優しげな紫の瞳に、僅かに驚きと、恐怖の色を混ぜた神裂君としばらく見つめ合う。
と、お互いそのことに気づき、同時に顔を逸らす。
「えっと…天羽さん、なんだよね…?」
遠慮がちに神裂君が声をかけてくる。
「うん、えっと…神裂君だよね?」
あまりの動揺でわかりきったこと聞いちゃったよ…
「うん、それでなんだけど…その…天羽さんって…」
後に続く言葉が何かは、わかりきっている。
「これが校則違反だって事、わかってる?」
「え?」
「え?」
ポカンとした顔で神裂君を見る。
「あっ、え〜と、まぁ鍵合ったから立ち入り禁止なのかなぁ位には…て、それは神裂君もでしょ?」
神裂君は痛いところを突かれた様な顔をして答える。
「いや、まぁ…うん…そうだね。でも、流石に転校初日にはやりすぎじゃない?」
「そうかも…ていうかその話も大事だけど、ちょっと待って、神裂君、私の姿見たよね?」
「え?うん。」
「普通最初にそっちについて質問しない?」
「そういうものかな?」
神裂君の少々抜けたリアクションを前に笑いが込み上げてくる。
気づけばお互い大爆笑。こんなに笑ったのは久しぶりかも。とはいえ言うべきことは言わないと。
「神裂君、今から話す事や、私の姿の事。全部、私達だけの秘密だよ?」
今はまだ、私は彼の記憶に居たい。
***
「えっとね、神裂君。とりあえずまず、私は人間じゃないんだ。」
そう切り出し、任務の内容やこの世界を消す可能性がある事などの核心には触れない様に経緯を説明する。
神裂君が神殺し、というパターンもあり得るが、無関係だった時に事情を知りすぎていては、巻き込んでしまう可能性が高い。
私の話を黙って聞いていた神裂君に最後に念押しし、こちらも質問をする。
「さっきも言ったけど、これは、ニ人だけの秘密だよ?よろしく。これが私の屋上に来た理由。神裂君が来た理由も教えてよ。屋上への出入りの扉。私が来た時には既に開いてたけど、あれ、魔法鍵だから閉め忘れとかはないと思うんだけど…?」
「天羽さんよく知ってるね。だとしたら隠せないか。あの魔法鍵、使われてる魔法式が古いんだ。異能の力で式に介入し、僕が特定の時間に触れると開く様にしたんだ。今日は鍵をかけ直すの、忘れてたけど…」
す、すごい…私も確かに魔法式に干渉し、開錠しようとしたが、まさか書き換えをやってのけるとは。
「神裂君の異能は何なの?」
「僕の異能?」
「うん、それだけの事をやれるんだし、勿論神裂君自身も凄いけど異能も気になっちゃって。」
「すごい、か。久しぶりに言われたよ。」
神裂君が悲しげに呟く。どうしたの、と聞く暇を与えず神裂君は話し始める。
「僕の力は、大したものではないよ。ただ一振りの刀を生み出す、たったそれだけの異能だよ。その刀が、異能や魔法といった超常の力を打ち消す力をもっているだけで、ね。」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。」
そういって神裂君は左腕を持ち上げる。開いた彼の手のひらに魔法陣が浮かび上がる。
そうしている内に魔法陣の光の密度が増し刀の様な形を創り出した。
と、一層光を増しその光が消えた時、彼の手には一振りの刀が握られていた。
「これが…?」
「うん…これが僕の異能。僕自身異能の名前すら知らないんだ。何もわからない。わかっているのは…さっき言った通り、異能や魔法を打ち消す力があることだけ。それも、打ち消す対象を定められないようなものだ。」
「なるほどね、それを使って魔法式の書き換えを…でも、じゃあなんで屋上に?」
「それは…じゃあ先に約束してくれる?僕の話も、秘密にしてくれる?」
「もちろん…?」
先ほどからずっと悲しげな顔をする神裂君を少し不思議に思いつつ頷く。
それを確認した神裂君は、ポツリポツリと話し始めた。
自身の異能が打ち消す異能の狙いを絞れない事。それ故に誰かと共に戦うことすら許されないこと。
今まで時々自分とペアを組みたいと言ってきた人が居たが、自分が異能を発現させた途端、相手は異能を使えなくなり、危険に晒される。
それを危険視した結果自ら一人になる事を望み、今日も屋上で刀を振っていたこと。普段の授業でも実技などでは見学や、欠席を選んだこと。
クラスメイトにどう思われているか、怖かった事。
それでも、巻き込まないためと割り切って、孤独に耐えてきた事。こんな事なら、異能などいらないとすら思った事。
「僕の力は、異能を打ち消す異能。こんな、矛盾した力だ。誰にも関わらせないために。一人でも戦える力を付けるために。ずっと屋上に来ていたんだよ。だけど、結局その努力は無駄だったけどね。どれだけ僕自身が強くなったって、個の力は知れている。結局、僕は逃げ続け、異能を、疎み、拒絶し続けただけの人間だよ。」
「そんなこと…」
「この異能を与えたこの世界が、消えてしまえばいいと思ったこともあるよ。」
話しかけようとしたとき、神裂君の言った言葉に喉が詰まる。
動揺から、そんな事はないと励まそうとした言葉は口から出すことができなかった。
「そんな…そんな悲しい事、言わないでよ…」
代わりに私が言えたのはそれだけだった。
「分かってる、そんな事できやしない。できたとしても、無関係な他の人は巻き込めないからね。」
そう返す神裂君の言葉を聞いていて尚、私の動揺は収まらなかった。
神裂君の世界ごと消えてしまえばいいという言葉は、私が今までしてきた事を肯定するようで。
そしてそれを、ほんの少しでも嬉しいと思ってしまった自分が憎かった。
「そう言えば、いつも見る夢があるんだ。」
神裂君が言う。どうにか自分への嫌悪感を抑え込み聞く。
「夢?」
「うん、その夢で僕は地球を外から見ているんだ。そうしているうちに太陽が破裂して地球は火の海に呑まれる。そんな燃え盛る地球の側から悲しげに微笑んで立ち去る天使を見て終わる夢。」
最初は不思議な夢だなぁと思った。でも…。
「……その夢がどうかしたの?」
「いや、同じ天使繋がりで何か知らないかなと思って。」
「……ううん、知らないかな。ごめんね?」
自分で言っていて胸が苦しくなる。全てはわからないけど、およそ見当はついている。
この世界が複製された物か、複製元となる世界かはわからないが、全ての世界は並行世界という扱いだ。並行世界の消滅が起きる時に発生する負のエネルギーは尋常ではない。
それが他の世界の夢に影響することもあるのだろう。となれば恐らく神裂君が夢で見る天使というのは私だ。
「そっか、ありがとう。ごめんね、変な事聞いて。」
「大丈夫。そろそろ昼休み終わるだろうし教室戻る?」
「うん…あ、天羽さん最後にもう一個だけいい?」
「いいけど…?」
「ごめん、どうしても気になってさ。その翼と腕の包帯はどうしたのかと思って。」
「あ、えっと…これは…私がいた世界で色々あってね。なんて事ないよ。大丈夫、大丈夫。」
我ながら卑怯だなぁ…心配してくれてる神裂君に、結局素直になれず。夢の話の時もそうだ。
巻き込むわけにはいかない。
でも、まるで神裂君の優しさに漬け込むみたいに、本当のことを伝えず逃げ続けている。
「そっか、詳しく話したくないこともあるだろうから無理にとは言わないよ。でも、その傷は、さっきまでの人間の姿になっていても治る訳ではないんだろうから…無理はしないでね。この後は実技の授業も…」
言葉を切った神裂君の顔を見ると随分と驚いている。
「あれ…おかしいや、涙が…」
戦時下の天界に慣れてしまった以上仕方がないのかもしれない。ルナ様に労ってもらっても、あくまでそれは“兵士としての”私だ。
自分と同年代の、兵士としてではない私を心配する彼の声は、また違った温かみを持っていて。
優しく響いて…
パッとその場で半回転し神裂君に背を向ける。
「あっ…ごめん、泣かせるつもりは…」
神裂君が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「だ、だめだよ…いま私の顔覗いたら、神裂君でも許さないからっ…」
そう言って止めどなく溢れてくる涙をどうにか拭い去り振り返る。
「神裂君のばかぁ…そんなこと言われたら私……。」
幸いにも私がそう呟いたのは神裂君には聞こえなかったらしかった。
それと同時に私の姿が人間のものに戻る。隠理ノ法が効力を取り戻したらしい。
「姿が…」
「うん、一定時間戻るだけだからね。」
「なるほどね。」
「このことは秘密だよ?」
私が指切りをしようと右手の小指を差し出す。神裂君が一瞬躊躇ったように見えたのは気のせいではないだろう。なにせ隠理ノ法が切れている間には、血の色をした呪符で巻かれていた腕だ。普通は触りたくないと思うだろう。
「手、痛くないんだよね…?」
あれ、そういうことか。やっぱり優しいな神裂君。
「うん、今は大丈夫。」
「わかった。じゃあ、僕の話も今まで人にしたことないから秘密ってことで。」
「うん。」
少し照れ臭そうに互いの小指を結び、指切りをする。
と、そこで昼休みの終わり五分前を告げるチャイムが鳴る。神裂君と共に屋上から校内に戻り、神裂君が鍵を掛け直している間に伝える。
「この後の実技の授業は神裂君出てくれる?試したいことがあるの。」
「え…….うん、わかった。でも何をするの?」
「それはまだ秘密かな。」
「なんだそりゃ?」
鍵を掛け直し終えた神裂君が不思議そうな顔をする。その間に私は考えていた。どうして神裂君の異能が異能を打ち消すのか。




