EP・16 昔馴染み
《御玉視点》
完全下校時刻を過ぎ、だいぶ暗くなった校庭を見回り、以上が無いかを調べる。異形が開けた大穴も塞がれ、学院外の結界の薄いところから掘られた校庭への通路も結界で封印してある。
「この分なら、大丈夫そうですね。」
「ああ、そうだな。」
ッ⁉︎まさか返る言葉があると思わず勢いよく振り向いてしまう。
「あ?なんだ、そんな驚いて?」
「なんだ…入鹿先生ですか、脅かさないでくださいよ。」
「は、こんなんにビビンなよ。御玉。」
ニヘラっと笑う入鹿に抗議する。
「学院内では先生付けてとずっと言ってますよね…?」
「んだよ堅苦しい。昔は俺のことも入鹿って呼んでたじゃねえか。」
「それは……」
彼女が言っているのは掃討戦の頃のことだろうというのはわかっている。
とはいえだ、
「今は私もあなたも教員でしょう?」
「わかったよ、お硬いね、先生。」
「はぁ、ともかく、あなたがわざわざ来たという事はなんかあったんですか?」
「ああ、これを見てくれるか?」
そう言われ渡されたものに視線を落とす。
「ふむ、これ神裂君のカルテですね。特におかしなところは無さそうですが?」
「そう思うか?おま…先生は、俺のカルテの項目知ってるだろ、本当におかしい所はないと思うか?」
「ふむ…?」
入鹿の能力で診断を行った場合、年齢、肉体成長具合、治療痕、異能詳細、といった基本情報はもちろん、体の部位ごとの劣化具合、精神汚染レベルや異能回路の状態といった普通の検査では調べられないような物も調べ出し、カルテに記載できる。
対異形戦が激しかった頃、詳細な肉体の把握に随分と助けられたのを覚えているが…
「そうですね…異能詳細が不明という事ぐらいしか私には…」
「はぁ、まあいい。それと、異能詳細不明に関してはよくある訳ではない。が、事例がない訳ではないからそこじゃねぇ。」
「では一体?全く話が見えないですよ?」
「しょうがねぇな、答えはこれだ。」
そういって彼女が指差した数値は…
「肉体の劣化具合ですか…ん?」
「気づいたか?」
「なるほど、そういう事ですか。でもこれ、回復系異能の使い手ならあり得ることではないんですか?」
彼女の指していた数値、肉体の劣化具合。肉体の劣化は自然に進むものである以上、指数は年齢と揃えられ、一年に一増える。
生きている以上これが増えない事は無い…はずなのだが。
神裂君の数値は零。生まれた直後の状態か…とはいえど、回復系異能を持つ者の中にはこの劣化を回復させる力を持つ者もいると聞く。
「おま……先生はあいつ、神裂の異能が回復系に見えたか?」
「そうですね、そんな印象は受けませんでしたが…と言っても、それを確かめるには彼を問い詰めなければいけなくなりますし、今は無事だったから良しとしましょう。」
「昔からお前、そういう妙なとこで雑だよな。」
「そうですかね?自分ではわからないものです。」
「はぁ、まあいいや。先生、この見回りで仕事終わりか?」
「ええ、そうですね。あとは校舎の方を見て終わりです。」
「そうか、じゃ、飲みいこーぜ。」
「あのですね…っておい、背中から覆いかぶさるな‼︎絡みつくな」
「なんだよツレねぇなぁ、いいじゃんかよぉ、うぇへへ」
「ちょ、おい待てどこ触ってんだ‼︎入鹿⁉︎」
「相変わらず全身隈無くいい体してんなぁ。触り甲斐があるわ。それに、やっと昔の方で呼んでくれたか。さて、行こうぜ。」
絡みついて体をまさぐってきた入鹿がパッと体を離す。
「まだ誰も行くとは言ってないでしょう…」
全く…仮にも医者だからか、ただの変態なのか…
「入鹿、人の体触る癖治ってなかったんですか…生徒にやって無いでしょうね?」
「あ?別に昔からそんな癖ねぇよ?お前以外にやった事ねぇし。」
「生徒にやってないならいいです、もう。で、本当に飲みに行くなら、見回りは手伝ってもらいますよ?」
「うぇ、か弱い乙女にそんなことさすな。」
「異形掃討戦にも医者としてどころか、攻撃役として参加してた奴のどこがか弱いんですか?」
「わーったよ、そういえば乙女ってのは否定しないのか?」
痛いところをついてくるな…まぁ否定したい訳ではないがこういう時は…
「自分の年齢への自虐ですか?」
「あぁ⁉︎」
「冗談です。」
「私が三十路近くで独り身な事への煽りか⁉︎」
それの原因に心当たりは無いんですかね、全く…
「そんなわけないでしょう、三十路近くで独り身なのは私もですから。私達同い年でしょうが。」
「へん、悪かったな行き遅れで。」
「はいはい、飲みに行くならさっさとしますよ。」
いかにも仕方無いという態度ではあるが、それでも入鹿はやる事はやるので文句は言えない。
校庭の見回りを終え、校舎内に入り、各教室を見回る。
「そう言えば、保健室で天羽さんに何を伝えたんです?」
そう聞くと少しばかりムクれていた入鹿が態度を直す。
「お、聞きたいか?どーしよっかなー?」
この様子だと絶対よからぬ事を言ったな。ニヤニヤしてるし…腐れ縁ではあるが付き合いは長い。ある程度考えは読める。
「あのですね…で、何言ったんですか?」
「ちぇっ、張り合いがないな。ま、いっか。別に対したことは言ってねぇよ。ただ、神裂の裸見たかったか?とだけ。」
はぁ…そんな事だろうとは思っていたが、本当に言っていたとなるとな…
こめかみが痛い…
「なんだよ、黙りこくって?お前も人の裸体見たいのか?」
「いや、ちょ待て待て、脱ごうとするな。そういうことをするのはせめて酔ってからにしてくれ。」
「ほれ、口調戻ってるぞ、御玉?」
「あっ、いや、にしてもそういう問題じゃないでしょう…」
「なんだよ、別にこの時間は誰もいねぇしいいだろ?お前に見られても別に何とも思わんしな」
本当にもう…もはや呆れて何も言えないな……
「んで?」
「もう少し、自重してください。」
「へいへい、わかりましたよ。」
「これでも心配してるんですから。」
入鹿が、乱した服を元に戻すのを確認し、ふと疑問に思って聞く。
「それにしても、なぜ天羽さんにそんなことを?」
「あ?そりゃあいつが多分神裂のことを好きだからだろ?」
なるほど…にしても……
「もう少しデリカシーというものを学んだ方がいいんじゃないですか?」
「お前は俺の母ちゃんか?」
「ちがいますが?それに、入鹿。」
「なんだよ。」
「あなた、人の恋路を応援するのはいいですが、恋愛経験あるんですか?」
「あ?………あるに決まってんだろ、たりめーだ、ありまくりだわ。ま、まあ遊びばっかで、本命がいたことはねーけどな‼︎」
まーだそんな事言って……そういうとこだろうに、未だに独り身なのは……
「とはいえ、生徒に変な知識植え付けないでくださいよ?」
「わーってるよ、ほれ、見回りもここで終わりだろ?」
「そうですね、仕方ない。飲みに行きますかね。」
「お、やっと決心ついたか。」
「ま、あなた一人で行かせるよりはいいでしょうからね。」
「しゃー、いくぞ!」
その言葉に肯定を返し、荷物を置いている職員部屋まで戻る。
ま、腐れ縁とはいえ私は、いや俺はこいつのことを…
「ほらほら、おせーぞ?」
満面の笑みで酒を煽る仕草をする入鹿を見て思う。
……まだまだ言えるのは先になりそうだな。
「何笑ってんだよ?」
「笑ってませんよ。すみません、今行きます。」




