EP・15 保健室
《天羽視点》
異能訓練で現れた異形に吹っ飛ばされた神裂君を保健室に運んできたものの、養護教諭の先生がいないらしく困り果てることとなった。
「どうしよう…人間の治療はやったことないし…」
私の喇叭のように特殊な効果で身体に傷が入らない限り、天界の者は治癒術で傷の治療を行える。
まあ、天界の住人はダメージを与える手段が少なく、その上自己再生能力も高い。それゆえに、普段なら治癒術を使うことすら珍しいのだが。
人間と体の構造が近いから、治癒術を使えない事はないだろう。
が、私はそれを他の種族に使った経験がない。安全性は低い。
場合によっては、治癒術による過剰なエネルギーにより、死に至る可能性すらある。成功しなければ、少なくとも昏睡は免れないだろう。
「きっと、人間が用いる方法で治療したほうがいいんだよね…」
とりあえず、と神裂君を保健室のベッドに寝かせ、その顔を見ながら考える。
あの勢いで校舎に叩きつけられているんだ、骨が数本逝っているのは間違いない。幸いにも腹部は咄嗟に刀で受けたのか、衝撃で腫れ上がってはいるが、出血はない。
ベッドに横たわる彼を見ていると自然に熱いものが込み上げてくる。
「君は…バカだよ、ほんとに大バカ…私なんかの為にそんな事しちゃってさ、天使の私はアレくらいじゃ死ねないのにさ。君は人間なんだ、死んじゃうじゃん。あんなの食らったら。」
口をついて出る罵倒は、自分でもわかるくらい弱々しかった。
「きちゃダメって言ったじゃん、ばかぁ……」
涙が溢れる、怖かった。
自分でこの先、殺すことになるかも知れない人なのに。
いざその人が死にそうになると…怖かったのだ。
居なくなってしまうのが、私の前から消えてしまうのが。
止めどなく溢れる涙にも、罵倒にも、答える声は無い。
それでも、気持ちを抑えられなかった。
彼はまだ生きている、いまは一刻も早く誰かしら教員を呼ぶべきだ。
そう思い立ち上がろうとした。その時だった。
保健室の扉が開けられる。
誰⁉︎
振り返る前に声をかけられる。
「そのままでかまいません、彼は目を覚ましましたか?」
御玉先生の優しい声音に、うっすらと後悔の色があるのは、気のせいでは無いだろう。
先生の言葉に私は無言で首を横に降る。
「そうですか…すいません、私が…もっと早くに……」
「なぜ謝るんです…?先生は悪く無いです……」
「いえ、これは私の責任です。教師でありながら、異形の侵入を許した挙句、怪我人まで出してしまった。そして、彼に自身を厭わない無謀な行動を取らせてしまった。……とにかく、今は神裂君の回復が先です。」
「先生は神裂君が起きない理由、わかるんです……?」
「ええ、あのタイプの異形は毒とかは持ちません。純粋に、全身強打による痛みと衝撃による脳震盪だと思います。時間経過で目覚めるとは思います。ですが、彼の体の方が問題ですね。」
「骨とか、全身打ちつけてるから…かなり折れてるみたいで……」
「そうですね、流石にここまでのものは、回復系異能だけでの治療は厳しいかも知れません。場合によっては大病院への移送も検討しなければいけないですね…それができても、なんらかの後遺症は残るかも知れません。」
あくまで冷静に話しているものの、声の震えから先生も心中穏やかでは無いのだろう。
「天羽さん、申し訳ないのですが養護教諭を呼んで来ますので、それまで神裂君の様子を見ていてもらえますか?」
「は…い……わかりました…」
先生が保健室を出ていく。
「こんな形でお別れか…キミがいけないんだよ…私なんか…庇うから。」
どうせ別れがくるのなら、せめてこんな別れはしたくなかったな…
でもキミのことを思うならば。
こうなればキミは、天界に関わることが出来ない。
キミを、神殺しを持つキミを、殺さなくて済むなら……
いやだ。そんなのやだ。
キミがもしかしたらこの先、満足に体を動かせすらしないかもだなんて。
「ごめんね、だからこれは私のわがまま。失敗したらさ、そのときは私がそっちに逝った時に、沢山恨んでくれていいよ。」
そう言いながら天使の権能を発現させる。私の姿が天使に戻る。
私が手をかざすと彼の傷ついた肉体の周りにエメラルド色の魔法陣が浮かぶ。
私はさらに力を込めて、唱える。
「『再生ノ秘術』」
エメラルドの光が強まり、少しして消える。
光が消えたベッド上には変わらぬ神裂君の体がある。
「成功……かな…?」
そう呟き、彼の体を触ってみる。折れていた腕や、足は全て元通りになっているようだ。脈は…ある。それが判った瞬間、つい安堵の声が漏れてしまう。
あとは意識さえ戻れば…そう思っているうちに神裂君が目を開けた。
***
《神裂視点》
「あれ…?此処は……?」
ダメだ、何してたんだっけ…?ええっと…
そんな思考を遮るように体にボスっと…いやドゴっと何か重たいものが…
「神裂君⁉︎」
「うぇっ⁉︎」
前言撤回。重くないです、すいません。心の中で謝り、僕に馬乗りになっている重い…もとい軽い何か、というか天羽さんを見る。
「あ、天羽さん…できればどいて貰えると…」
「あっ⁉︎ご、ごめん…今どくね?」
「う、うん…」
先ほどの天羽さんの飛び乗りの衝撃もあり、思考がはっきりしてきた。
そしてことの顛末を思い出す。
「ツゥ……ってそれより、天羽さん巻き込まれなかった⁉︎大丈夫⁉︎」
「また……」
「また…?」
「また私の心配して〜〜〜〜‼︎」
「へ?」
「へ?じゃない!この大バカ‼︎どれだけ…どれだけ私が……」
言葉を言い切る前に天羽さんが泣き出してしまう。
「あ、あの…なぜお怒りに…?」
「知らない‼︎」
知らないって…絶対怒ってるよねこれ……
「あ、そ、その…天羽さん…?」
「………と…………で。」
「へ?ごめん、もう一回…」
小さく呟きながら天羽さんがこちらを振り返る。
その目を涙でいっぱいにして。
「あんな無謀なこと、もうしないで。」
そうか、それ程までに心配させてしまったのか。
「うん、わかった。」
「ならもういい、ばか。」
なぜ罵倒されているんだ、僕?助けたはずでは…?
ま、まあどちらも無事だったみたいだしいいか。
「へ⁉︎」
と、教室の入り口あたりから素っ頓狂な声をあげる人物が一人。
この声は…御玉先生?
「先生?どうしたんですか?そんな声出して。」
「いや、どうしたもこうしたも…神裂君…ですよね?」
「え、はい…」
「ほ、本当に…?化けて出たとか…」
「そんな訳ないですよ、ちゃんと生きてます。」
そう言い切るとますます先生は愕然とした様子。一体なんだっていうんだ…?
疑問に思っていると後ろから現れたもう一人の人物が口を開く。
「で?御玉、俺に診てもらいてぇ奴ってのはどっちだ?」
低めの女性の声が響くとともに保健室に入ってきたのは、御玉先生と身長はとんとんか、少し低めくらいの長身の女性であった。
髪は金髪に染めているのか頭頂部は地毛の色であろう黒髪が見える。少しばかりボサッとしたロングヘアで、俗に言う芋ジャージというやつの上に、白衣をまとっている。
「神裂君、あの人は?」
小声で天羽さんが聞いてくる。
「た、多分養護教諭の方かな…白衣着てるし…。僕も保健室来るのは初めてだから…」
「へ、へぇ…なんかこう…怖そうだね…」
「う、うん…」
お世辞にもガラが良いとは言えないだろう。
こそこそと天羽さんと話していると声をかけられる。
「あ?お前ら何こそこそ喋ってんだよ、治療、受けねーのか?」
「あ、えっと…?」
思わずどう答えれば良いのかわからず答えに詰まる。
そもそも治療ってどう言うことだ?
確かに異形に攻撃されたが体が軽く痛むがそれだけで、骨が折れたりとかはしていない。
「あー、神裂君。一つ聞いて良いかい?」
「はい、なんですか?御玉先生。」
「本当に体はなんとも無いのかい?私が見たときには全身の骨が折れていたと思ったのですが…」
そう言われて背筋に寒気が走る。
「それって…?でも僕の体なんとも無いみたいなんですが…」
「おかしいな…確かに重傷と思ったけど…一応、入鹿先生に見て貰ってくれないかい?」
「は、はい。わかりました…えっと、それじゃあ…」
「おう、お前今までココ、来たことねえよな?」
「あ、はい。」
「入鹿潮だ、よろしくな。入鹿先生でも、潮先生でも、好きな方で呼べ。」
「わ、わかりました…よろしくお願いします…」
「よろしい、では、脱げ。」
「はい…はいっ⁉︎」
「ひゃえっ⁉︎」
天羽さんまで驚いてるよ……
「いやだから、脱げ。検査受けるんだろ?あと、あー天羽だったか?何顔赤くしてんだ」
そりゃそうでしょ…これセクハラかなんかで訴えられるんじゃないの?
「えぇ…先生本気ですか…?」
「冗談だ。」
なんやねん…あと天羽さん残念そう…残念そう⁉︎
……気のせいだよね?
「そんなマジ顏で言わないでくださいよ…」
「まぁ、いいじゃねえか。うし、それじゃそこ座って待ってな。」
「はい…わかりました…」
指定されたのがベッドだったので腰掛ける。
と、即座に診断には入らず、入鹿先生が天羽さんに近づきニヤニヤしながら何か耳打ちする。
何を言ったんだ…?天羽さん他のベッドの天蓋の裏に隠れちゃったけど…
「よし、じゃあやるか。」
そう言われついつい身構えてしまう。
「そんな固くなんなくていいぞ?リラックスしてろ。そいじゃいくぜ。」
そう言われてもな…流石に出会い頭に脱げと言われるとね…
そんなことを思っているうちに先生が異能を発動させた。
「『海月ノ揺籠』」
先生の発声とともに、先生の周囲から水が溢れ出る。それは空中にとどまり、形を整え、大きなクラゲのような形をとる。そのままその水クラゲに体を呑まれる。
不思議と苦しくは無く、むしろ温かく、包み込まれるような感覚だ。そのまま目を閉じ、クラゲに身を任せる。
「あれ?」
気づけばクラゲは消滅し、服が濡れたりということも無く、何も無かったかのように診断の終わりを告げられた。
「え、もう終わりですか…?」
「ん?ああ、今のでとりあえず、お前の体に何かしら異常があれば、その原因までわかるが、何の反応もないんだ。いたって健康体だよ。」
「今のだけで、ですか…」
何という異能だ、今の一瞬だけで診断を終えたと言うのか…それに…
「なんか、体が軽くなったような…?」
「当たり前だ、俺の異能『海神』は生命を司る力。さっき使ったのは肉体の精密検査と同時に、異常があれば修復を、特になければ強壮化を付与する力だぞ?」
「な、なるほど…」
検査どころか回復まで…聞くほどにすざまじい力だと実感する。
それに、異能の名前に神を冠した異能を持つ人って少ないんじゃないのか…?
御玉先生に続き二人目…うちの学校どうなってんの…?
そんな事を考えていると、改めて入鹿先生が口を開く。
「で、御玉?コイツ結局何ともなかったぞ?」
「そうですか…まぁ大事ないなら良しとしましょう。天羽さんも、特に変わった事はないですね?一応診て貰いますか?」
御玉先生が、いつのまにか天蓋の陰から出てきていた天羽さんに声をかける。
その一言で、急に話を振られた天羽さんの肩が跳ねる。
「ひゃいっ⁉︎私ですか…?私は特に何ともないので大丈夫です‼︎」
天羽さんは焦ったように早口で言いきる。
そんなに焦るほどの事か…?もしかして、自身が人間では無いことがバレたらまずいって事かな?
「御玉先生、二人とも大丈夫みたいですし、帰りのホームルームに戻ってもいいですか?」
正体がバレるのはマズイ様子なので、助け舟を出した。
「そうですね、入鹿先生の診断で問題無しなら大丈夫でしょう。まずは二人とも無事で良かった。ただ帰りのホームルームは終わっているでしょうから、そのまま帰宅になりますね。」
もうそんな時間か…壁面に掛かった時計を見ると確かにとっくに放課後だ。
僕はそんなに気を失っていたのか…?
「んだよ、元気ならいいが、無理はすんなよ、お前ら。」
その言葉に天羽さんと揃って返事を返し保健室を後にする。
既に放課後になってから時間が経っているからか、校舎内は静かに、斜陽に照らされていて、どこか寂しげだ。
教室に荷物を取りに行かなくてはいけないので、更衣室で着替える天羽さんと一度別れる。
教室に戻り、荷物をまとめる。
天羽さん来る前に着替えてしまわないと。そう思い、着替えを始める。
それにしても僕の体は一体どうなっているんだ?
御玉先生の口調だと、本当に重傷だったみたいなんだけど…
でも僕の体に傷は一つもない。それどころか傷跡すら見えない。これも神殺しの力、なのか?
いくら考えても仕方がない、僕自身異能について詳しくは知らない以上答えは出ないだろう。
あとで天羽さんに聞いてみるかな、そんなことを思いながら止めていた着替えを再開する。
ズボン脱いでと…あっ…
降ろしたズボンに引っかかったのかパンツまで脱げる。なんでやねん。
「あ、ちょっ…」
別に誰かいる訳でも無いのについそんな声を上げつつ慌ててパンツをあげる。
そのままズボンを履き替え、教室のドアの方を見る。
誰もいないよな…?つい心配になりながら着替えを終え、自席に座る。
窓の外、夕日を眺めながらどこを見るという事もなく校庭に視線を彷徨わせる。校庭で異形が開けたであろう大穴を塞いでいる人たち、そこから少し離れたところに気になる人物を見つけた。
中山君と舞赤さんだ。組手か何かをしているようだ、この時間ならおそらく部活、要するに異能部の活動かな。
そんなことを思いながらボーっとその様子を見ていてふと思う。
まさか部員…あの二人だけ…?
流石にそんなことはないと信じたいが、わからないな…
うちの異能部はまだ新設されたばかりだったはずだし、それなら中山君が急に誘ってきたのもわかる。
ま、まぁまさかね…
そんなことを思いながら物思いにふけっていると教室の扉が開く音がし、声をかけられた。
***
《天羽視点》
ど、どうしよ…
私、天羽澪音は最近の中で最大と言っていいであろう危機に瀕している。
着替えが終わって教室に戻ろうとした時、私は完全に失念していたのだ。
神裂君も着替えているであろうことを。
つまり、教室の扉を開ける時、扉についている窓の部分から中が見える訳で…
その…多分事故なんだろうけどパンツ降ろしてるタイミングで見ちゃった訳で。
「神裂君…以外と………」
て、何考えてんだ私⁉︎
てかなんか神裂君黄昏てる?
と、とにかく何も知らないフリして入ろうかな…それともなんか慰めてあげた方がいいのかな?
扉を開け教室に入る。
「え〜と、神裂君?」
「あ、天羽さんおかえり。なんか顔赤くない?」
「あ、いやそのこれは別にキミの着替えてるところ見ちゃったとかそういうことじゃなくてその…それにキミのが思ったよりも………」
照れ隠しについ早口でまくし立ててしまう。
と、目の前で固まっていた神裂君が口を開く。
「えっと…要するに、見たってこと?」
「あっ、その…えーと……はい。」
「どこまで…?というかいつから…?」
「その…ズボン履き替えてるあたり……」
「ウグッ…ま、まあいいよ、事故だったんだろうしその…僕も不注意だったから。」
「ご、ごめん…」
気まずい沈黙というのはまさにこの事なんだろうな…
そう思いながら荷物をまとめ、少しギクシャクしながら学校をあとにする。
帰り道も喋っても会話が続かず、家に帰り着いてしまう。
もはや戦場より怖いかも、なんてついつい考えてしまうほどだった。




