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第6話 アラフィフ介護士 異世界で初めて死闘に遭遇する

 外周を回るゴブリンのうち、一体を狙って飛び出すタイミングを図る。


 そして俺は叫んだ。


「おおおおおお!」


 恐怖を打ち消し、己を鼓舞するための雄叫び。体勢を低く、短距離走の要領で茂みから飛び出す。


 一瞬、円陣の動きが止まり、近くのゴブリンが振り向く。その顔面に俺は右拳を撃ち込んだ。


「ビキッ」という嫌な音と、布越しの板を割るような感触。

 手応えは十分だった。


 殴られたゴブリンは奇怪に歪んだ顔のまま吹き飛び、内円のゴブリンにぶつかって包囲を崩す。


 動揺したゴブリンたちは動きを止めた。その一瞬を逃さず、メイドさんが数体を切り伏せる。


 細部までは見えていなかったが、俺たちが流れを掴み始めたことは肌で感じた。

 吹き飛ばした個体のすぐ隣にいた別のゴブリンに、俺は右の横蹴りを放つ。


 陥没した脇腹を押さえ、ゴブリンは血を吐いて倒れた。


 混乱の中、斧を手にしたゴブリンが怒りに駆られて襲いかかってくる。

 俺は斧をギリギリでかわしつつ、左手刀で武器を握る腕を叩き、斧を落とさせる。


 さらにその腕を掴み、膝関節に低い横蹴りを入れた。


 不自然な方向に曲がった膝。ゴブリンは一瞬状況を理解出来ず、やがて激痛に絶叫してうつ伏せに倒れる。


 首筋に足刀を落とすと、そのまま動かなくなった。


 ふと周囲を見ると、一体のゴブリンと目が合った。

 無意識に左の上段回し蹴りを放つ。背足が左顔面に命中し、眼球が飛び出す。


 ゴブリンは目を手で受け止めながら絶叫して倒れた。


 ――自分がここまで戦えるとは思ってもいなかった。


 神様がくれた力、おそらく相当「おまけ」されている。


 そのとき、「危ない!」と後ろからメイドさんの声が飛んだ。


 直感的に反応し、片膝をつくように前へ倒れ込む。


 直後、槍が俺の上半身があった空間を貫いた。


 声がなければ串刺しだった。


 すぐさま、うつ伏せの姿勢のまま後方のゴブリンの膝に後ろ蹴りを叩き込み、

 倒れ込んできた相手に馬乗りになり、後頭部へ一本拳を突き刺す。


 脈動が止まり、動かなくなった。


 ――メイドさんたちは大丈夫か?


 視線の先では、一体を袈裟斬りにしているメイドさんの姿が見えた。

 爺さんも無事そうだ。


 辺りはゴブリンの死体で埋まっている。


 安堵したその瞬間、「近くに一体、残っています!」と緊迫した声が響いた。


 左目の情報を頼りに振り返ると、数メートル後方に兜を被ったゴブリン。


 吊り上がった目が、殺意と憎しみに満ちていた。


 手にした武器は他の個体よりも明らかに上質。反りの方向が逆、蛮刀だ。


 どうやら、こいつがボス。


 角付きは警戒しつつ、じわじわと距離を詰めてくる。


 俺は拳を軽く握り、構えを取った。


 先に動くつもりだったが、角付きが鋭い声を上げて突進してきた。


 予想以上の速さ。蛮刀が俺の頭を狙って振り下ろされる。


 ――あれを受ければ頭が砕けていた。


 間一髪、後方へ身を引いて回避。


 だが角付きはすかさず横なぎの一撃を繰り出してくる。


 体を横に流し、死角である右側面に回り込む。


 しかし、奴はすぐに反転し、再び蛮刀を振るってきた。


 攻撃のパターンは単調だが、動きは速い。


 少し油断していた俺はバランスを崩し、気づけば仰向けに倒れていた。


 地面の窪みに足を取られたと分かった時には、すでに角付きが俺の上に立っていた。


 勝ちを確信したのか、角付きは裂けた口を広げ、白濁した目を見開いて何かを叫んでいる。


 武術の教えでは、素手で武器に立ち向かうのは最終手段。


 俺はそのレベルにはない。


(何か無いか!?)


 咄嗟に左目で情報を呼び出し、「介護」「創造」――その中に「杖」の項目を見つける。


 あの杖なら、もしかしたら。


 躊躇が命取りになる。角付きが蛮刀を振り下ろす寸前、俺は叫んだ。


「創造――杖!!」


 手に馴染んだ感触。顔の上に掲げるように構えた瞬間、重い衝撃と「ガシッ」という金属音が響いた。


 顔に痛みはない。恐る恐る目を開けると、俺の手にはL字型のグリップ付きの金属棒――杖があった。


 それは、かつて介護現場で何度も見て、何度も手にしたものだった。


 この杖が合金製かどうかは不明だが、少なくとも今の蛮刀より硬いことは証明された。


 角付きも、自分の剣がただの棒で受け止められた事に困惑していた。


 奇声を止め、杖を凝視する。


 それが、奴の最後の動きだった。


 突如、銀色の剣先が腹部を貫く。ロングソード――後ろからメイドさんが角付きを突き刺したのだ。


 刺された位置はちょうど心臓。血が止まらずあふれ出し、角付きは大量の血を吐いて俺の上に崩れ落ちる。


「良かった。間に合ったわね」


 メイドさんの安堵の声が聞こえた。


 ――ゴブリンの血も、人間と同じ赤なんだな。


 角付きの死を前に、そんなことを考えていた。


 それが、俺の異世界での初めての死闘だった。

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