第5話 アラフィフ介護士 異世界で目覚める②を編集
どうやら、あの20体のゴブリンは森で迷った人間を襲おうとしていたらしい。
命を懸けた戦いなんて、空手の試合や練習を除けば、40年以上生きてきて初めてのことだ。
「だから止めたでしょ! 何が『大した奴はいない』? 出たら“ワシが追っ払ってやる”よ?!」
どこからか、女性の怒声が聞こえてきた。相手に文句を言っているらしい。見ると、その女性はシュシュで髪をまとめたロングスカート姿のメイド服。お屋敷の人か?
「起きたことに文句を言うな。人生は苦難の連続。それを避けてばかりでは成長せん」
もう一人のローブ姿の男――恐らく老人――が、どこか説教臭く語る。賢者気取りか。
どうやら、老人の頼みで女性が森に同行した結果、ゴブリンの集団に遭遇したようだ。言ってることは立派だが、屁理屈にしか聞こえない。
そのやり取りに苛立ったのか、ゴブリンたちがじりじりと距離を詰め始める。
「仕方ないわね」
メイド姿の女性が前に出ると、どこからか鉄の棒――ロングソードを取り出し、「はああああ!」と言う気合い一閃でゴブリンに突撃。
ロングソードのメイド。なんというパワーワードだ。
剣は最前列のゴブリンの頭を真っ二つにし、返す刀で隣の個体を両断。
斬られたゴブリンは、己の下半身を眺めながら崩れ落ちた。
戦況が一変し、ゴブリンたちは接近をためらい、距離を取る。
だが、一体が吠えるような声をあげて槍を構えて突進。
メイドさんは落ち着いて下段から槍を払うと、その隙にゴブリンの首を切り落とした。
場数を踏んでいる動きだ。
ファンタジー作品ではゴブリンは数で押す愚鈍な存在とされていたが、目の前の現実は違う。やや戦術的な動きすら見せてくる。
次に現れたのは、短弓を構えた3体。距離を取り、遠距離から仕留めにかかろうとしている。
メイドさんはロングソードを構えなおし、矢を迎え撃つ構えに。
――森を包む静寂。それを破ったのは矢の飛翔音だった。
放たれた矢はすべて剣で薙ぎ払われ、折れた矢が地に落ちる。
その直後、メイドさんは弓を持ったゴブリンに斬り込んだ。剣が振るわれると同時に、一体が崩れ落ちる。
「次に死にたいのは誰?」
肩までほどけた栗色の髪をなびかせ、ロングソードを担いで立つ姿はまるで戦女神。
ゴブリンの死体は7体以上。戦力の3割を失えば撤退するのが軍の常識――だが、現実は甘くなかった。
「だから言ったじゃろう、若いもんには――」
状況が落ち着いたと思ったのか、老人がしゃしゃり出てきて転倒。
「あいててて……」と尻をさするその声に、メイドさんは「大丈夫!?と慌てて駆け寄る。
それを見たゴブリンたちは、動きを変えた。
一体が奇声を上げて突撃するが、膝をついたままのメイドさんに貫かれて絶命。
返り血に染まりながらも、彼女は微動だにしない。
ゴブリンたちは、仲間の死を逆に好機と見たのか。
奇声を上げながら二人を二重の円で囲みはじめた。
時代劇や戦記物に出てくる“円陣”。中心の敵に内側が攻撃し、他が連携して仕留める、厄介な陣形。
俺が読んだ話では、外側から第三勢力が加勢し、形勢を逆転するパターンが多かった。
……第三勢力、俺しかいない。
転生したばかりの初心者に、20体のゴブリン。
こいつら、小説で見たような“ザコ”とは程遠い。目の前にすると、むしろ百戦錬磨に見える。
逃げたところで、彼らが引き下がる保証はない。
このままじゃ、俺も見つかって殺されるだろう。
……腹を括るしかない。
冷静さが戻ってきた。今、俺にできることは何だ?
「介護 観察」と小さくつぶやくと、左目にゴブリンの情報が浮かび上がる。
武器は毒付き。致死性は高いが時間がかかるタイプ。
戦闘力は俺より高いが、“武器ありき”の数値だ。
武器を奪えば、勝機はあるかもしれない。
防御力や生命力も、絶対無理というほどではない。
こちらの攻撃が通れば、倒せる可能性はある。
だが、あくまで“可能性”だ。
迷っているうちに、ゴブリンたちが動いた。
角付きの兜をかぶったリーダー格が奇声を上げ、円陣が回転を始める。
内側は右回り、外側は左回り――速度を上げながら、二人を包囲する殺戮の円。
ついに仕掛ける気だ。
……俺の迷いは、消えた。




