第4話 アラフィフ介護士 異世界で目覚める①
爽快な気分で目が覚めた。
こんなにスッキリ起きられたのは、何年ぶりだろうか。
深夜出勤に早朝帰宅が当たり前だった職場。曜日も時間の感覚も曖昧で、疲れが澱のように溜まっていた。ひどい時は「目が覚めなければよかったのに」なんて考えるほどだった。
だが、今は違う。
身体の内側から何かが溢れるような感覚。まるで学生時代のような清々しさ――いや、俺、もう四十過ぎで50に手が届こうとしてるおっさんだぞ? こんな活力に満ちた生活、最近じゃ全くなかったはずだ。
まさか変な薬でも飲んだか?と焦りつつ周囲を見渡す。
だが、そこに見慣れたアパートの自室はない。万年床も、枕元のリモコンも、スマホのコード類も何もない。代わりに、目の前には鬱蒼とした森が広がり、木々の隙間から朝日が差し込んでいた。
「どこだ、ここ!?」
思わず叫んだ瞬間、左目の前に文字が浮かび上がった。
「祝福の森。ファルス ミスティア国、マリウス大陸」
同時に地図のような映像も表示される。
驚いて顔を覆うが、手のひらにも同じ文字が浮かぶ。どうやらこの表記は俺の“視界”に直接表示されているようだ。
少し落ち着き、状況を整理する。
職場でモンスタークレーマーと揉めて、施設長と対立、結果自主退職。
その後、コンビニへ向かう途中で、トラックに轢かれそうな子供を助けて――
ああ、そうだ。あの時、俺は死んだんだ。
そして訳の分からない存在――たぶん“神様”と会話して、異世界に転生した……ってことか。
夢じゃなかったんだな。
左目の文字は、いわゆるRPGの“情報ウィンドウ”みたいなものらしい。
表示を信じるなら、俺はマリウス大陸のミスティア国、その中のファルスという場所にある“祝福の森”で目を覚ましたことになる。
納得しかけたところで、どこからか声が聞こえた。
『これでいいですか?』
子供の声だった。助けたあの子だろうか? ナビゲーターのように話しかけてくる。
他に情報がないか意識を集中すると、ウィンドウが切り替わった。
そこには俺の現在の能力値が表示されている。高いのか低いのかは分からないが、初期ステータスなら無理は禁物か。
続いて、神様が言っていた“スキル”の確認。
そこには「空手」と表示されていた。
武器を持つ相手を素手で制圧する格闘術。経験を積めば、下手な武器より強力になる可能性もある。初期の金欠で武器が買えないような状況でも、これは心強い。
問題は、もうひとつのスキル「介護」だ。
正直、ニッチすぎる。
異世界ものの作品は多少見てきたが、主人公が“介護スキル”で活躍するなんて話は見た記憶がない。
「どうしろってんだよ……」
頭を抱えながらスキルを見ていく。
表示されたのは、「作成」「創造」「清拭」「体位交換」「観察」の5つ。
「観察」は状況把握スキルだろう。敵の状態や能力が分かるなら、戦闘時にも有用だ。介護現場での聞き取りみたいなものか。
問題は他だ。
「作成」は何も表示されていない。
「創造」は“杖”“マットレス”“拘束帯”“防水シーツ”“尿取りパッド”など、介護用品の名前と数値が並んでいた。どうやら今は、それぞれ1〜2個ほど生成可能らしい。
「体位交換」と「清拭」は説明も回数表示もない。
「だめだこりゃ……」
思わず口に出たのは、往年のギャグ番組のフレーズだった。
スキルを見ても実用性が見えない。不安が募る。
すると、『ごめんなさい。僕もそれ以上は分からないんです』と、ナビゲーターが申し訳なさそうに返してきた。
情報は少ないが、いつまでも森にいても仕方がない。
まずは人のいる場所に向かうべきだ。
現在地を表示させ、地図上で出口を探すと、森のすぐ外に街があるようだ。
希望が見えた気がして歩き出す。
その途中、地図上の開けた場所に点滅が集中しているのに気づいた。
多数の赤い点滅。その近くに、青い点滅が2つ。向かい合うように並んでいる。
「これ、なんだ?」
『赤いのは魔物。青いのは人間か亜人です』
ナビの返答に、単純な構図が浮かぶ――魔物が誰かを襲っているのか。
種類を確認しようとしたが、
『すみません、今の僕ではこの距離だと詳しく分かりません』
とのこと。
本当はトラブルを避けたいが、街へ行くにはその地点を通らざるを得ない。
腹を括って近づいていくと、幸いにもこちらにはまだ気づかれていないようだった。
茂みに身を潜め、様子を伺うと――半裸で痩せこけた集団が、二人組にじわじわと迫っていた。
その風貌は異様だった。
身長は小さく、最初は小人かと思ったが、猫背で頭髪がなく、皮膚の色もカーキ色に近い。
(こいつら、人間じゃねえ)
その確信を決定づけたのは、尖った耳、裂けた口、異常に長い鼻をした一体の横顔だった。
そして、タイミングを合わせたようにナビの声が響いた。
『正体判明しました。あれはゴブリンです。その数、20』




