第3話 アラフィフ介護士 神様に提案される
最低な夢だった。
職場はクビ、トラックには撥ねられる――こんな最悪の経験したら、あとは上がるしかないだろうと開き直った、そのときだった。
「――あ、気がついたね」
声が、聞こえた。いや、脳内に響いたというべきか。
夢の続きか?と目を開けようとした瞬間、また声が重なる。
「目は開かないよ。今は君の意識に直接語りかけているから。体はまだ“復元”の途中だしね」
またこの声。中性的で、男か女かもわからない、でもどこか安心感のあるトーン。
「君はあの日、職場を辞めて、コンビニに向かっていた。信号を渡ろうとして間に合わなかった子供を、君は助けようとした。間違いないね?」
――ああ、そうだった。
子供を庇って、トラックの前に飛び出して……
そこから先の記憶が曖昧だ。思い出そうとすると、頭の奥がズキリと痛む。
「そう。君はそのまま撥ねられ、深刻な状態になった。普通なら、助からなかっただろうね」
……え? つまり俺、死んだの?
それとも、死にかけてるだけ?
混乱が頭を締め付ける。
「焦らなくていいよ。落ち着くまで少し休もうか?」
声は優しくなだめてきた。
しばらくして心が落ち着くと、再び声が響いた。
「本来なら、君はもうこの世にはいないはずだった。でも、“ある事情”があって、今ここにいるんだ」
そのとき、ぼんやりと小さな影が浮かぶ。
――あの子だ。俺が助けた、あの小学生。
でも、どうしてここに?
「まずは……ありがとう。そして、すまなかった」
声の主が続ける。
「私は、いわば多次元宇宙を観測している存在。君たちの世界でいう“神”のようなものだ。あの子は、私が各宇宙に派遣している分身……天使のような存在だよ」
マジかよ、話が一気にスケールアップしたぞ。
「この子は優秀だけど、まだ未熟でね。君の世界に“観察”に行かせていた。でも、あの事故で“死”という概念に初めて直面して、混乱した。結果、君をここに連れてきてしまったんだ」
ええ……つまり俺、神様の派遣ミスに巻き込まれたってことか?
「まあ、そうなるね。本当なら彼は死なない存在だから、助けなくても良かった。でも、君のおかげで“死”の重みを実感できた。君の犠牲は、無駄じゃなかった」
いや、教材に使われた側の気持ちも考えてくれよ。
「さて、ここからが本題だ。今、君には二つの選択肢がある」
唐突に神様は核心に迫ってきた。
「一つ目は、君の記憶を消し、同じ世界の別人として赤ん坊から再スタートすること。もちろん、最高の境遇を用意するよ」
記憶、消されるんか……。
「いや済まない。流石にそれはないな。それでもう一つの道が君の記憶を維持したままで他の世界に転生してもらう事。無論こちらで十分なフォローはするよ。君のこれまでの境遇は把握してるよ。大変だったねえ」
神様に同情された介護士なんて俺くらいだろう。
「私が管理している宇宙に君の様な特性を必要にしている世界がある。いわゆる剣と魔法の世界だ。そこで君の能力を生かしてみないか?」
いわゆる「異世界転生」?
まさか神様に進められるとは思わなかったよ。
「まさにそれだ。君たちの世界では面白い事を考えるね。あのジャンルを全部読むだけでも宇宙の終りまで退屈しなくて済みそうだ」
神様も読んでいたのか。
「異世界転生するなら、特殊能力を付与するのがお約束だね。君に付与する能力なのだが、空手をやっていたから戦闘技能はそれでいいね。戦闘ごとにその技法とそれに付随する身体能力が上がる様にしてあげよう」
神様、どんどんオタクっぽくなってくる。
「それだけじゃ面白くないなあ。そうだ!介護に従事していたね。その経験を生かせる様にしよう。これは言ってしまえば、かなりディープでピンポイントな技能かもしれない。それでも長くあの現場で頑張って来た君ならうまく使いこなして、あの世界を良い方向に進めてくれるだろう」
確かに介護の知識はそれなりにあるが「どないせいちゅうねん!」と突っ込みたくなった。
「いやあ、これ以上は君がその技能を確立してくれ。これはお約束だろ。あの子は修行として君のナビゲートをさせるよ。君の眼を通したほうが良い修行になりそうだ。まあこんな所だな」
神様、明らかに面白がってるな。
「新たな世界に旅立つ門出だから回復と合わせて少しばかり肉体年齢は若返らせておいたよ。あと全裸も嫌だろうから衣服もプレゼントしてあげるよ。それでは新たな世界での良き旅を祈ってるよ」
その声を最後に俺の意識はまた遠のいていった。




