第35話 アラフィフ介護士 晴れのち雨・・・・
こけしのような数本のピンに、離れた場所から短く太い木を投げて倒し、決められた回数で何本倒せたかを競う――それが「モルック」という競技だ。単純なルールに見えて、どこから倒すか、点数配分などで戦略性が高く、意外に奥が深い。
道具を作り、ルールを教えると、皆すぐに夢中になり、小さなブームが起きた。
ある日、屋外で遊んでいる様子を見た村人が興味を持ち、「何をしてるんです?」と尋ねてきた。年寄りに交じって挑戦し、「ああ、それじゃあいかんな」とコッズさんたちに指導されながら競技に熱中する姿もあった。
更に、修道院に出入りしていた街の商人が目を留め、「お金払うから教えてください!」と直談判してきたのには驚いた。
彼は「これは売れる」と直感したらしく、修道院長やローザさんとの交渉の末、直接現金を受け取るのではなく、「売上の一定割合で養老院に必要な物資を購入し、寄付する」という形で合意に至った。
のちにモルックは首都でも人気商品となり、その商人も大成功を収めたという。
そんなふうに忙しくも充実した日々が続いていたが、晴れの日ばかりではない。
ある日、養老院で最年長の入所者が亡くなった。
この世界で深く関わったわけではないが、穏やかな性格で、他の入所者たちも皆、敬意を持って接していたのが分かった。後からコッズさんに、「あの人は昔の戦争を生き延びた、本物の戦士だった」と聞かされた。
しばらく前から体調を崩して寝ていることが多く、ローザさんも「無理はさせないように」と気を配っていた。
ある朝、修道女が見回り中にベッドで冷たくなっているのを発見した。
その表情はとても穏やかで、苦しまずに旅立ったことを物語っていた。
俺自身、彼と多く話したわけではない。けれど、かつて「あんたが来てくれて良かったよ」と声をかけてもらったことが記憶に残っている。
養老院内では厳かに別れの式が執り行われ、入所者全員が参加した。
年寄りたちは静かな表情で祈り、修道女たちは口々に死者の魂が安らかに旅立てるよう祈りの言葉を唱えた。
キョウカさんは少し寂しげな面持ちだったが、意外なほど冷静で静かな表情をしていた。
俺は彼女が誰よりも大泣きすると思っていたので、驚いた。
あとで「悲しくないと言えば嘘。でも、死んだ人に気を使わせたくないから」と微笑みながら語ってくれた。
ローザさんも、同じようなことを口にしていた。
イアンにとっては、こうした別れの場は初めてだったのだろう。
式の間中ずっと泣き続け、祈りの言葉すら続けられず、後にローザさんから「あれはない」と注意されていた。
前世でも、俺は多くの入所者の死を経験してきた。
「慣れた」と言うと語弊があるが、長い介護士人生の中で、自然と自分なりの死生観が出来ていたのだと思う。だから、冷静でいられたのだろう。
式の後、イアンが俺のところへ来て、「ローザさんの態度、冷たすぎないですか?」と詰め寄ってきた。
「冷たいっていうのとは、ちょっと違うんだよな」
現役時代にも、こうやってベテランの態度をなじる若手がいたことを思い出しながら、諭すように話す。
「みんな、本当は悲しいし、泣きたいんだよ。でも、ここって生きてる人が生活してる場所だよね。だから、そっちを向いてないと、今生きてる人たちが困る。それって、死んだ人が望むことじゃないし、むしろ神様のところへ行けなくなるかもしれない」
俺の言葉が正解だとは思っていない。
人の死に対する考え方なんて、人それぞれだ。
イアンも納得しきれてはいない様子だったが、それ以降、ローザさんを責めることは言わなくなった。
後日、ローザさんがイアンを探している途中で、俺とのやり取りを陰から聞いていたらしく、「ありがと」と礼を言われた。
キョウカさんも、イアンとローザさんの関係を心配していたが、後でこの一件を知って、「トシ君がいてくれて良かった」とローザさんと話していたそうだ。




