第34話 アラフィフ介護士 介護講習会を企画する。
養老院の生活をより充実させようと、俺は日々試行錯誤を重ねていた。
前世でも、若い頃は「良かれと思って」と一人で突っ走っては上司に怒鳴られたものだ。経験を積んだ後は「入所者のため」と思うあまり、今度は独断専行になって若手から敬遠されたこともある。
たとえば、足腰の弱い入所者が「自分の足で外を歩きたい」と言った時。車椅子も持たずに外出に付き添い、最後は背負って帰る羽目になり、上司に大目玉を食らったこともあった。今思えば、無計画だったと反省している。
だからこの世界では、事前にキョウカさんや周囲と相談することを徹底している。
幸いにも俺の提案は否定されることは少なく、むしろ「こうすればもっと良くなる」と若い子たちが意見をくれる。結果的に、自分一人では思いつかなかった良い方向へ進むことが多かった。
洗髪講習から少し経ったある日、厨房のおばさんから声をかけられた。
「ちょっと相談があるんだけど……」
近所に住む知人の家に、寝たきり気味のおじいさんがいるという。洗髪の練習台になった話を茶飲み話で奥さんにしたところ、「そんな方法があるならぜひ見てみたい」と興味を示されたらしい。
個人的には教えてあげたいけど、施設の備品を持ち出すにも限度があるし、自分の立ち位置で勝手な事は出来ない。
その事をキョウカさんとローザさんに相談すると、「それなら交流会という形でこちらから出向いたら?」と提案をもらい、修道院長の許可も取った。
おばさんを通じて村長に話を通し、村の集会所で実演会を開く運びとなった。
当日、俺は養老院で教えた移乗介助のノウハウを、体格のあるドールマンを相手に実演した。動きに合わせて参加者たちからどよめきが起こり、「魔法だ!」という声があがるほどの反応だった。
洗髪講習にも、当初の予定以外に数人の高齢者が「もしよければ」と希望してくれた。
グラントが「僕に任せろ!」と率先して担当し、想像以上に丁寧で手際の良い仕事ぶりを見せた。
最初に洗髪を受けたおじいさんは、施術後に涙を浮かべてこう言った。
「こんなに気持ちいいのは、生まれて初めてだ……」
その表情を見た家族も、思わず涙ぐみながら呟く。
「こんなに嬉しそうな顔、何年ぶりに見たかしら……」
キョウカさんとローザさんも、そんな光景を静かに見守りながら満足そうに微笑んでいた。
物事が動くと言うのはこういう事だろうか。
この噂は近隣の村にも広まり、「うちでもぜひ」と講習依頼が増えていった。
介護に限らず、技術の習得には“インプットとアウトプット”が重要だ。教わるだけでなく、人に教えられてこそ、自信となり、技術として定着する。
そう考えて、他の修道女たちにも出張講座に参加してもらうよう調整した。
イアンとクインシーは講座の後、「人に教えるって大変ね……」とぐったりしていたが、付き添いで記録を担当したスミットは「なかなか評判良かったですよ」と報告してくれた。
こうした取り組みによって地域との交流が活発になり、「養老院の仕事を手伝いたい」という人の出入りも増えてきた。施設全体にも活気が出てきていた。
外部との関わりだけでなく、施設内の生活もさらに豊かにしたい。
そう思った俺は、チェスに匹敵するような頭脳系の娯楽だけでなく、
もっと気軽に楽しめる軽スポーツを探していた。
複雑すぎず、誰でもすぐ理解できて、なおかつ戦略性もある物。
そうして提案したのが、「モルック」だった。




