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第33話 アラフィフ介護士 洗髪技術を伝授する。

 「そういえば、討伐依頼の報酬、すぐにはもらえなかったんですか?」


 スミットが手の泡を拭きながら尋ねてきた。


「報酬は間違いなくもらえるけど……今回は“おまけ”が多くてねぇ」


 キョウカさんが恍惚とした顔でベッドに仰向けになりながら、俺に髪をとかされて応じた。


 講習もひと通り終わり、「次は各自で交代して実践してみて」と声をかけると、修道女たちがペアを組んで洗髪の練習を始めた。


「私の髪、洗ってください!」

 イアンの無邪気な頼みに、ドールマンはおそるおそるうなずく。

「い、痛かったら勘弁してくれよ?」

 腰をかがめ、椅子に座ったイアンの髪に手を伸ばしていく。


 その傍ら、クインシーは髪を解きながらスミットの袖を引く。

「たまたま近くにいたから、あんたに頼んだのよ」

「……私以外にいたでしょうに」とスミットは小声でぼやいていた。


 一方、意気揚々とローザさんに近づいたグラントは、あっさり無視される。代わりに俺が「トシ、私の髪をお願い」とローザさんから指名を受けた。


 グラントから痛い程の視線が刺さるのを感じつつ、ローザさんにベッドで横になってもらう。


 温めた布で頭を包み、頭皮を柔らかくしてから泡をつける。指先で優しく泡をなじませ、頭全体に行き渡らせる。ついでにマッサージも兼ねて、張っている部分をゆっくりとほぐしていく。


 学生時代、ドライシャンプー実習で爆睡し、教官に呆れられたのを思い出す。


 今日の参加者たちも、「そこ、もっと!」「気持ちいい〜!」と声で効果を証明していた。


 だが、ローザさんの反応がやけに静かだ。


(雑になったか?)と覗き込むと、目を閉じたまま、口元に微妙な力が入っている。痛みかと思い、「どこか痛いですか?」と手を止めると、「だ、大丈夫……続けて」と慌てた様子で返された。


 不思議に思いながら手を動かすと、ローザさんの頭皮は明らかに緊張していて、首筋もやや張っている。疲れている人によくある状態だ。


 マッサージしながら「ここ、張ってますね」と声をかけると、彼女の返事はそっけないが、よく見ると――笑いを必死にこらえている顔だった。


(……なるほど、くすぐったいのを我慢してたのか)

 立場上、あられも無い姿を見せられないと言う事情を察した俺は、ちょっとした悪戯心に駆られ、ヘッドスパを教わった同期直伝の指圧を施す。


「っ、あ!……んんっ!」

 思わず漏れた声に、ようやく力が抜けたようだった。


 そのまま泡をなじませていくと、「い、いいわぁ! ああ、そこっ! そこが良いのぉ……!」 と、我慢していた感情が一気にあふれ出した。

 少しでも手を止めようものなら、「お願い、もっとして! やめないでぇ!」

 と必死の訴えが飛んでくる。


 最後に首筋をほぐして「終わりましたよ」と声をかけると、ローザさんは脱力しきった顔で上体を起こした。視線は宙を泳ぎ、しばらく焦点が合っていなかった。


「ローザさん?」


 声をかけてようやく我に返り、慌てて眼鏡を直すと、

「こ、これは……いいんじゃない?」と平静を装ったが、周囲はニヤニヤ笑っていた。


「それじゃ、相手を交代してね」と呼びかけると、「私、トシ君で練習させて!」とキョウカさんが真っ先に挙手。


「私も」とローザさんも続く。


「僕がいるんですが……」とグラントの消え入りそうな声がどこからか聞こえる。


「一人じゃ難しい時もあるでしょ? 教えてよ」とローザさんが静かに言う。

 が、ほんのり目が潤んでいるのを俺は見逃さなかった。


 断りきれず「じゃあ、二人でどうぞ」と椅子に座ると「トシはこっちね!」

「ベッドから動けない想定で!」


 二人の声が見事にシンクロし、俺はベッドへ寝かされることに。

 正直、二人がかりで洗髪されるなんて初めてだった。


「ここ、どう?」「かゆいところは?」

 四つの手が、絶妙な力加減で俺の頭を撫で回す。

 あまりの気持ちよさに言葉を失い、夢心地になっていった。


 しかし、その至福は突然破られる。

「全く! こっちはこれから亭主の面倒見なきゃならないってのに!」

 集会室の入り口から、怒声が響いた。


 一斉に視線が集まる中、グラントが勢い良く戻ってきた。

「僕に不可能はない!」

 そう言って、手を引いてきたのは――

 近くの村から通ってきている食事担当のおばちゃんだった。


「いきなり厨房に飛び込んできて、帰ろうとしてる私に『お願いだから!』って泣きついてきたのよ!」


 修道女にぼやいているおばちゃんの横で、グラントはどや顔。


 呆気にとられる皆の代わりに、俺が事情を説明する。


「そういうことなら……でも、今度から先に言ってよね」


 そう言いつつも、おばちゃんは練習台を引き受けてくれた。


 最初こそ文句を言っていたおばちゃんだったが、しばらくすると満足そうに呟いた。


「……あら、いいわねぇ。あんた若いのに大したもんだわぁ」


 その手際を見て、ドールマンが俺にささやく。

「あいつ、意外に大化けするかもな」


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