第32話 アラフィフ介護士 ドライシャンプーを伝授する。
「あぁ~そこそこ、そこがいいのぉ! すっごくいいわぁ! あ、いや、もっと、やめないでぇ~!!」
ベッドの上でキョウカさんが艶っぽく声を上げる。
俺は冷静に手を動かしながら応じた。
「ここですね。気持ちいいでしょう?」
……会話だけ聞けば完全にアウトだが、実際には寝たきりの人への洗髪方法をレクチャーしているだけだった。もちろん介護技術の一環だ。
養老院に戻ってひと月。平穏なある日の事だ。
この世界にも体を洗う文化はあるが、湯船に浸かる習慣は手間がかかるため一般的ではない。たいていは水場で石鹸代わりの薬油を使って流す程度らしい。
俺たちが留守の間、風邪をこじらせた元魔法使いのおばあさんが長く寝込んでいて、修道女たちは体を拭くことはできても、洗髪までは難しかったという。
「何か良い方法はないですかねえ?」
修道女姿のイアンにそう相談され、「作成」スキルで皮膚に優しいハーブを選び、
水に溶かして泡立て、前世で見たドライシャンプーを再現した。泡で洗って拭き取るだけで
、さっぱりと清潔感が保てる。
今日はその実演講習だ。
「こんな方法があるんだなあ」
ドールマンが感心して眺めていた。
「感心してないで、お前も覚えるんだよ。泡の作り方も教えるから」
「え、俺も?!」
のけぞるドールマンに、クインシーが修道女服姿で笑う。
「ここでは何でもできないとね」
「生きてる限り、学びは尽きませんよ」
隣のスミットが泡を指ですくって匂いを確かめながら、どこか哲学者のように呟く。
「この技を覚えれば、国中の婦女子の髪を絹のようにしてあげられる!」
張り切るグラントに、修道女たちの冷ややかな視線が突き刺さっていた。
この講習に顔を出したのは、俺たちの留守中、養老院を支えてくれた仲間たちだった。
キョウカさんたちは討伐依頼に向かう前、ギルドに頼んで人員を確保していた。
イアンとクインシーがキョウカさんとローザさん、ドールマンが俺の代理。
スミットとグラントは近隣で依頼を受けつつ養老院の仕事を手伝う形で居候する事になった。
イアンは元修道女で、修行の一環として冒険者をしていたこともあり、高齢者の世話にも慣れていた。教えたことはすぐに身につけ、周囲ともすぐに打ち解けた。
クインシーも器用で仕事を覚えるのが早く、お年寄りたちからも可愛がられていた。
意外にもドールマンは手先が器用で、穏やかな性格もあって養老院では好評だった。
「俺、冒険者辞めてもやっていけるかもな」
本人は冗談めかして笑っていたが、周囲の評判は上々だった。
スミットは魔法だけでなく、地域の子どもに読み書きを教えて感謝されていた。
「子どもが好きというより、教えるのが好きなんでしょうね」
そう話す彼の姿は、どこか哲学者めいていた。
一方のグラントは――
「ここから僕の立志伝が始まる!」
と張り切っていたが、”ゴブリンが鶏小屋を襲った!”と騒ぎ立て、村を巻き込んだ捕り物の挙句、見つかったのは、一匹の狐だったそうだ。
「本人は一生懸命なんだけどねえ……」
村人たちは苦笑いでそう語っていた。
そんな彼らが、俺たちの帰還を聞いて訪ねてきたのが今日。
ちょうど講習会に居合わせた、というわけだ。




