第30話 アラフィフ介護士 サイクロプスと対峙する④
おそらく、二人とも唖然としていたんだろう。
だが次の瞬間、逆に俺の背中に手を回し、まるで子どもをあやすように、優しく頭を撫でてくれた。
ふわりと香る、蜂蜜とシトラスの匂い。
不思議と気持ちが落ち着き、ガタガタと震えていた身体がようやく収まっていく。
気づけばサイクロプスは、あと4〜5メートルという距離にまで接近していた。
俺は二人に目配せする。
そして——サイクロプスの腕が振り上がり、振り下ろされる、その刹那。
「今だっ!!」
俺の叫びと同時に、サイクロプスの動きがピタリと止まった。
ローザさんが残された魔力を振り絞り、《抑制》を発動していたのだ。
だがその魔法も完全ではない。
サイクロプスは激しく痙攣するように身をよじり、拘束を振りほどこうともがいていた。
「もう無理っ!」
ローザさんが叫んだ瞬間、俺も声を張り上げた。
「逃げて!!」
魔法が解かれ、ローザさんは横へ跳ぶ。
サイクロプスの腕が解き放たれたように振り下ろされる、その瞬間を——俺は待っていた。
「創造!」
俺は《介護スキル:創造》を発動し、サイクロプスに“あるもの”を仕掛ける。
巨人は再び腕を振り上げようとするが——動かない。
サイクロプス自身も何が起きたのか理解できていないようで、巨体をよじらせ、異変の原因を探っていた。
俺が創り出したのは《拘束帯》だった。
介護現場で、危険行動のある利用者を一時的に安全に保つための、合法的な身体拘束具。
本来は人間用。だが、規模を拡大し、サイクロプスの両腕と胴を固定できるよう強化して創造した。
ギシギシと音を立てながら、サイクロプスは暴れ、咆哮をあげる。
「今だ!」
キョウカさんが一気に駆け出す。俺もその背を追う。
距離を見計らって「キョウカさん!」と叫ぶと、彼女はすぐに反応し、頭上に盾を構えて屈み込んだ。
俺は走り出した勢いのまま盾の上に飛び乗り「トシ君!」
とキョウカさんが叫びながら思い切り身体を反らせて、俺を空中へと弾き飛ばす。
その勢いを借りて跳躍した俺の視界に、サイクロプスの一つ目が映る。
そして——両足をその首に巻きつけた。
サイクロプスは、訳が分からないという表情で俺を凝視していた。
そのまま俺は思い切り身体をのけぞらせながら、《体位交換》を発動する。
ベッド上での寝返りや、姿勢の変更を補助するためのスキル。
だがそれは、人体構造と支点を利用して、相手を“意図した姿勢”に強制移動させる戦術でもあった。
用務員作業の合間に「祝福の森」へ行き、ゴブリン相手の戦闘訓練で見つけた応用だ。
この技は、触れただけではせいぜいバランスを崩させる程度。
だが、今回は“首に絡みつく”というリスク覚悟の接触を行った。
一か八かの賭けだったが——
スキルの効果と俺の体重を伝える動きに合わせて、サイクロプスの身体が前のめりに崩れていく。
「おらあああああっ!!」
俺は叫びながら、背中を地面すれすれまで仰け反らせた。
そのままサイクロプスの重心が反転し、巨体が逆さまになっていく。
落下の直前で俺は身体を翻し、衝撃から自分を守る姿勢をとった。
だがサイクロプスにはその余裕はない。
その巨体が——頭から、凄まじい音と共に地面へ叩きつけられた。
俺がサイクロプスに仕掛けた技。それはフランケンシュタイナーだった。
地面が揺れ、鈍く太い骨が折れるような音が響く。
サイクロプスの身体は、逆さまのまま地面に突き刺さるように硬直し、そのまま——
ドサァァ……と、倒れ伏した。
「……倒した……?」
呆然と立ち尽くす俺のもとへ、キョウカさんとローザさんが息を切らしながら駆け寄る。
「トシ君!」
「トシ、大丈夫!?」
フランケンシュタイナーでサイクロプスを倒したなんて異世界でも俺が初めてだろうか。
気づけば俺は、某「燃える闘魂」と呼ばれたプロレスラーよろしく、無意識に右腕を突き上げるポーズをとっていたらしい。
だがその瞬間、激しい衝撃が頭を突き抜け、ぐらりと視界が傾く。
そのまま——俺は意識を失った。
意識が薄れていく中、最後に思ったのはただひとつ。
「……プロレスって、難しいな……」




