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第29話 アラフィフ介護士 サイクロプスと対峙する③

「まずいわね……もう『睡眠』は使えない。『拘束』が精一杯……」


 後に聞いた話だが、魔法は一度に異なる方向へは展開できず、さらにこのときローザさんの魔力量は限界に近かった。『拘束』も、あと一度が限界だったという。


 万策尽きた――そう思った、そのときだった。


 磔台を両手に構えたサイクロプスが、こちらへと無言で迫ってくる。


(前門の虎、後門の狼、ってやつだな)


 そんな呑気な言葉が頭をよぎった直後、俺の中にひとつの閃きが生まれた。


「俺が合図したら、二人とも思い切り壁際に走って!」


 そう告げると、キョウカさんが眉をひそめて問い返す。

「何をする気なの?」


「オークの攻撃がギリギリ来そうだったら、教えてくれればいい」

 そう言い残し、俺はサイクロプスに向かって走り出した。


「創造」スキルで錬成したのは――マットレス。


 風魔法と組み合わせて、それを巨体の眼前に“押し当てる”ようにしてぶつけた。

 この戦術は、以前から模索していたものだった。


 ゴブリンを相手に「祝福の森」で模擬訓練を繰り返し、マットレスを“動く障壁”として使えないかと試してきた。


 敵の視界を奪い、行動を制限し、隙を作る。


 風魔法を修得したのも、すべてはこの時のためだった。


 突然現れた厚みある障壁に、サイクロプスは激しくもがく。


 俺は全身を使ってマットレスを固定し、さらに風の力でその動きを圧迫し続けた。


 ――苦しい。魔力の消耗が、肉体の疲労以上にこたえる。


「あと数歩で斬り込んでくるわ!」

 キョウカさんの声が飛ぶ。


「もう無理! 突進してくる!!」

 その叫びに、俺は決断した。

「走って!!」


 叫ぶと同時に風魔法を解除し、サイクロプスの視界が一気に開ける。

 キョウカさんは声に反応し、弾かれたように壁際へ走った。


 ローザさんもすぐに動こうとしたが――足元を取られて前のめりに転倒。

「ローザさん!」

 時間が惜しい。俺は迷わず彼女の身体を抱き上げて走った。


 驚いたように目を見開くローザさん――だが今は、これが最善だった。


 自由を取り戻したサイクロプスが、その場に迫っていたオークたちを新たな“敵”と認識したのか、手にした磔台を振りかざし、突進を始めた。


 オークたちは口々に叫び声を上げたが、その巨体を止めるすべなど持っていない。


 ――そして、始まったのは一方的な虐殺だった。


 サイクロプスの磔台が横薙ぎに振るわれるたび、オークたちは首を折られ、背骨を砕かれ、ある者は頭部を破裂させられ、壁へと叩きつけられる。


 その中の一体が、俺たちのすぐ横を飛んで壁に激突し、潰れた蠅のように張り付いたまま、地面に落ちてこなかった。


 残ったオークたちも、もはや戦意を喪失し、なりふり構わず背を向けて逃げ出す。

 だが――逃げ切れるはずもなかった。


 サイクロプスは、磔台をハンマー投げの要領で振り回し、凄まじい勢いで放つ。

 轟音と共に磔台が宙を裂き、逃げるオークたちをなぎ倒した。


 そのまま入り口近くまで飛ばされ、衝撃で地に叩きつけられる。

 ――動かない。もう、誰も。


 そしてサイクロプスは、思い出したようにこちらへとゆっくりと向き直った。


「トシ君、ローザさんを頼むね」

 キョウカさんが前へ出て、俺たちをかばうように立つ。


「……あんたこそ、トシを連れて早く行きなさい」

 片足を引きずりながら、それでもローザさんは俺の前に立った。


 ――この期に及んで、俺だけ逃げる気はない。


 だが、三人で仲良く討ち死にする気もなかった。


 介護士時代、緊急時には常に複数の選択肢を持つように心がけていた。

 だから今回も、“オーク同士をぶつけた後”の策を準備していた。


 俺はそれを、ふたりに耳打ちで伝える。


「えっ……ちょっと待って、いくらなんでもそれは……!」

 驚いたようにキョウカさんが声を漏らす。

「……何もしないよりは、マシね」

 ローザさんは静かに頷いた。


 あとは――タイミングと、俺の覚悟だけだった。


 だが、その覚悟が決まらない。


 震える。膝が、肩が、止まらず震えている。

 後から思えば――怖さと、情けなさとで、半分泣いていたんだと思う。


 ふたりが、そんな俺を黙って見つめていた。


 そして――無意識のうちに、俺はふたりの首に腕を回していた。

 引き寄せる。自分の元へ。


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