第28話 アラフィフ介護士 サイクロプスと対峙する②
ボスオークを倒し、こちらを振り返ったキョウカさんの穏やかな表情は一瞬で消え、険しい戦士の顔に戻る。
「もう一仕事か……」
そう呟くと、再びサイクロプスへと向き直った。
その様子を睨みつけながら、ローザさんが吐き捨てるように言う。
「やってくれるわね……」
倒れたボスオークの肉体を一瞥し、続ける。
「あれは切り札。砦に侵入してきた敵への最後の防衛策。たぶん、複数の魔法を組み合わせて彫像のように封印してたのね。つまり、“タダでは死なない”ってこと……」
言い終えると同時に、ローザさんは投石器を取り出し、礫を数発立て続けにサイクロプスへと放った。
礫はその巨体の頭部に確実に命中する。しかしサイクロプスは、まるで虫けらでも飛んできたかのように意にも介さない。唯一、巨大な眼球の近くに当たったときだけ、わずかに反応を見せた。
それは痛みではない。目に砂が入ったような煩わしさへの反応に過ぎなかった。
そして、こちらに視線を向けたその瞬間――サイクロプスは俺たちに気づき、ゆっくりと、だが確実にその巨体をこちらに向けて動き出す。
その動きに合わせ、横合いからキョウカさんが猛然と斬りかかった。
「やあああああっ!!」
気合いと共に振るわれた剣は、巨人の腕を狙って唸りを上げた。
しかし、サイクロプスが取ったのは、防御でも回避でもない。“腕を振る”という、単純きわまりない行動だった。
その丸太のような腕の一撃が、剣を容易く弾き飛ばし、そのままキョウカさんを吹き飛ばす。
キョウカさんは咄嗟に盾を構え、直撃を避けるために大きく後方へ跳躍した。
だが、完全には衝撃を逃しきれず、着地と同時に靴底を滑らせながら膝をつき、崩れ落ちてしまう。
サイクロプスは、その様子を見て「追撃」と判断したのか、ゆっくりと歩を進めていく。
俺は咄嗟に残っていたチャクラムを投げ、巨体の注意を引いた。
狙い通りチャクラムはサイクロプスに命中するが、その厚く堅い皮膚にはじかれ、傷一つつけることもできない。
その威力に期待してたわけじゃない。狙いは“注意を逸らす”こと。
サイクロプスは俺へと向きを変えると、丸太のような腕を振り抜いてきた。
それを俺は身を低くしてギリギリで回避し、すかさずその膝へと横合いから関節蹴りを叩き込む。
「ゴッ!」
鈍い音と共に、まるで太い樹を蹴ったような硬さが脚に返ってくる。
だが、一瞬――サイクロプスの動きが止まった。
その隙を逃さず、俺は叫ぶ。
「キョウカさん、逃げて!!」
すると、キョウカさんが驚いた顔で叫ぶ。
「トシ君、なにやってるの!!」
まるで危ないことをしている子どもに向けるような声だった。
すぐさま、ローザさんの声が飛ぶ。
「そこから離れて!」
その指示に応じてキョウカさんは後退し、ようやく安全圏に距離を取る。
俺も退避しようとした、その瞬間――
怒りに満ちたサイクロプスの腕が、俺の頭上に迫る。
近すぎる。避けきれない。受け止めるには重すぎる。
即座にウィンドウを開き、介護スキルの「支援用の杖」を三本創造。限界数だ。
防ぎきるとは思っていない。ただ、“ほんの少し”受け止めればいい。
降り下ろされた腕に三本の杖を交差させて立て、斜めに傾けて受け流すように受け止める。
ゴォンッ!!
巨体の慣性も手伝って、サイクロプスはバランスを崩し、前のめりに地響きを立てて倒れ込んだ。
俺は大破した杖を手放し、すぐにキョウカさんとローザさんの元へ走る。
「さあ、どうする?」
俺とキョウカさんの無事を確認したローザさんが、低く呟く。
「やるしかないでしょ」
そう言い、隣で剣を構えるキョウカさんの表情には、言葉とは裏腹に疲労の色が浮かんでいた。
ローザさんも同様だ。覚悟を決めた表情で杖を構えたその時――
「最悪……」
ぽつりと呟くと、下を向いて顔を手で覆った。
「……最悪って、何ですか!?」
思わず俺が問い返すと、ローザさんは無言で顎を動かし、広間の入口を示す。
――そこには、かつてローザさんの「睡眠魔法」で眠らせていた複数のオークが、ふらつきながらもこちらへ向かっていた。
目覚めたばかりで動きは鈍い。だが、覚醒が進めば確実に――仲間の仇を討つため、襲い掛かってくる。
そして反対側では――
サイクロプスが、自身を縛り付けていた磔台を、根こそぎ地面から引き抜こうとしていた。
昔見た某特撮番組で夕焼けの中、二大怪獣と対峙したヒーローをなぜか俺は思い出していた。




