第27話 アラフィフ介護士 サイクロプスと対峙する①
さすがにボス格のオークは、戦闘力だけでなく相手の力量を見極める冷静さを持ち合わせているのか、無闇にキョウカさんへ仕掛けるようなことはなかった。
キョウカさんも、その強さを察しているのだろう。さっきまでの勢いとは打って変わり、慎重な構えを見せている。
両者の間には、目に見えぬ圧力が張り詰めていた。
俺は不用意に近づくことができず、その場から少し後退し、振り返る。
視界に入ったのは、ローザさんの実力を物語る数体のオークの亡骸だった。
後方支援に回っていたローザさんは、俺たちが仕留め損ねた個体を的確に魔法で封じ、一体ずつ確実に対処していたのだ。
催眠や拘束といった魔法を巧みに使い分け、一対多数の愚を避けながら、冷静に戦況を支配していた。
それだけではない。
彼女の手に握られた杖は、もはや武器だった。まるで日本の少林寺拳法にある「錫杖」のように振るわれ、死体の状態を見る限り、頭部や胴体は殴打され陥没し、確実に急所を破壊されていた。
そのローザさんが今、一体のオークと対峙している。
だが、その背後から、大鉈を構えた別のオークが無音で忍び寄っていた。
砦の入口での教訓が脳裏をよぎるよりも先に、俺の身体は自然に動き出していた。
オークが鉈を振り上げ、何かを喚きかけた瞬間――
俺の左足が喉元に横蹴りを叩き込む。
鈍い感触とともに、首がへし折れた。
オークは絶叫の途中で言葉を失い、血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
俺に気づいたローザさんは、目の前の敵を片付けた後、驚いたように声をかけてきた。
「ケガは!?」
その言葉が意外で、一瞬返答に詰まったが、「大丈夫だけど、キョウカさんが……」と言いかけたその瞬間、背後から鈍い金属音が響き渡る。
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、まさに死闘だった。
キョウカさんとオークのボスが、激しくぶつかり合っている。
オークは、分厚く巨大な「大剣」を両手で振り上げていた。
それを真正面から食らえば、人間の頭など水風船のように破裂する――そんな恐ろしさを持つ一撃だ。
だが、キョウカさんはその大剣を受け止め、流す。
盾を構えたまま身体の角度を絶妙に調整し、激しい斬撃をしなやかに受け流していく。
攻防が一瞬止まったかと思えば、キョウカさんの剣がオークの胸元を狙って伸びる。
それを今度はオークが盾で受け止め、後退する。
「加勢しようか…」
そう思って動こうとした俺を、ローザさんが静かに制止した。
「止めなさい。あの程度なら大丈夫。下手に入ると邪魔になるわ」
その言葉に、思わず目を丸くする。
あれが“大丈夫”だなんて正気か?と思いつつも、俺はその戦いを黙って見守ることにした。
オークの攻撃は圧倒的で、俺たちのような駆け出しなら剣ごと切り伏せられていたに違いない。
だがキョウカさんは、その重く鋭い打撃をいなしては、わずかに生まれた隙に、確実に一撃を打ち込む。
頭、胸、肩――
出血はわずかだが、オークの体から確かに血が滲んでいる。
そして徐々に、明らかに後退していた。
通常、戦闘中にまっすぐ後ろへ下がるのは命取りだ。
それほど追い詰められていたのだ。
そして――
オークは咆哮を上げ、最後の力を振り絞って大剣を振り上げ、キョウカさんへと突進した。
これが、「よほどのこと」だったのだ。
キョウカさんはその一撃を剣で受け流し、返す刀で相手の手首に渾身の一撃を加える。
オークの手首は切断され、大剣はそのまま地面に転がり落ちた。
無防備になった首筋を、キョウカさんの剣が鋭く狙う。
振り返ったオークは、彼女を正面から見据え、なぜか――笑っていた。
口元がわずかに動いたが、言葉にはならない。
その直後、剣が首を貫き、オークはそのまま崩れ落ちた。
勝負が決した。
「そっちは、ど――」
キョウカさんが俺たちに向き直ろうとした、その時だった。
「まだ終わってないっ!」
ローザさんが叫ぶ。
理解が追いつかない。俺は思わず玉座の方を振り返る。
その背後にあった、“人の形を模した巨大な彫像”――
それが、動いていた。
横に伸ばされた腕が、鎖を引きちぎる。
胴に巻きついていた鎖も、紙紐のように千切られ、地面に落ちる。
ゆっくりと立ち上がった巨体は、ほぼ裸に近く、腰に布を巻いただけの姿。
だが、そいつの身長は、明らかに3メートルは超えている
人間ではない。
顔をこちらに向けたとき、決定的な違和感があった。
額には太く曲がった一本の角。
そして、顔の中央には――巨大な一つ目。
隻眼ではない。“一つしかない”のだ。
俺の脳裏にある記憶と、ウィンドウに映し出された文字が重なる。
《サイクロプス》
その戦闘力、生命力、防御力。
すべての数値が、俺達を絶望させるほどに高かった。




