第26話 アラフィフ介護士 施設改修費を稼ぎに行く③
砦の中に足を踏み入れると、エントランスほどの広さを持つ空間から左右に通路が伸び、それぞれの壁には何かの部屋があることを示す扉が並んでいた。
ローザさんが杖を振り、魔法の照明を灯す。その淡い光に先導されるように、俺とキョウカさんが続く。
ウィンドウに表示された砦の構造は、それほど複雑なものではない。今のところ、周囲に敵の反応は見られず、少しだけ肩の力が抜けた。
「トシ君、落ち着いてるわね。この手の場所って初めてなんでしょ?」
隣を歩くキョウカさんが優しく声をかけてくる。
その表情は、前世で見た“初めて子供をおつかいに出す母親”そのものだった。
「構ってばかりじゃ何もできなくなるわよ。少しは突き放さないと……子供じゃないんだから」
ローザさんがやれやれといった様子で言うが、続けて小さく呟いた「少しは私に頼りなさいよ……」という言葉を、俺は聞き逃さなかった。
俺たちがいる場所から、高い天井と人が2~3人並んで歩ける程度の幅を持つ通路がまっすぐ続いており、その先には布で覆われた出入口らしきものが見える。
ウィンドウに表示された情報では、そこに大量の赤い点滅が集中していた。
ざっと見積もって四十体前後。すべてオークなのだろう。
「……あの先に、オークがいるんでしょうね。見た感じ、結構いそうだな」
俺はあえて、さりげなく口にする。
「それはあるわね」
キョウカさんはあっさりと返す。
魔物には“見張り役を出す割合”というものがあり、入口にいた数から内部の実数がある程度推測できるのだという。
ローザさんも「入口で倒した数から考えると、ギルドが想定してたより増えてるみたいね。他の群れが合流したんでしょう」と納得した様子で頷いた。
ローザさんは明かりを消すと、布の隙間から中を覗き込む。
かつては謁見の間だったであろう広い空間の壁際では、かがり火に照らされながら、オークたちが車座になり宴を開いていた。
酒や食料は、襲撃した村々から奪ったものだろう。一段高い玉座と思われる場所には、ボスらしき大柄な個体が悠然と腰掛けていた。
その背後には、柱に縛り付けられた人型の彫像のようなものが見える。
「この数を一度に相手にするのは、さすがにね……」
状況を確認したキョウカさんが、あっけらかんと自分の限界を口にするが、慌てた様子はない。
「ちょっと疲れるけど、どうにかなるでしょ」
ローザさんはそう言って杖を持ったまま入口へ戻る。その仕草に迷いはない。まるで何度も組み直したパズルを、再び元に戻すかのような余裕を感じる。
布越しに中を見たまま、何事か詠唱を始めた。
少し長めの詠唱の後、ローザさんが手招きする。俺が近づいて中を覗くと、まさに「なんということでしょう!」という某番組のフレーズが脳裏に浮かんだ。
先ほどまで騒いでいたオークのうち、半数近くが床に崩れ落ち、眠りこけていた。
催眠魔法――。
ロ ーザさんが自分の周囲にいたオークたちを、魔力の及ぶ範囲で夢の世界へ引きずり込んだのだ。
その後、俺とキョウカさんに手をかざし、短く詠唱。俺の鉄甲とキョウカさんの剣と盾が青白く発光する。
「こんなところかしらね。ここからは二人に頑張ってもらうわ。私は援護に回るから」
そう言って、ローザさんは後方へ下がる。
代わるように、キョウカさんが布の前に立つ。
「仕事するわよ。遅れないで」
それだけを言い残し、一気に起きているオークの群れへ突撃した。
俺もその背を追うが、ついていくのがやっとだった。
仲間の異変に気づき動揺するオークたちを、キョウカさんはまさに軍船の衝角のように突き破っていく。
突き出されたロングソードが一体のオークの胸を貫き、倒れる。そのまま剣を引き抜きざまに横薙ぎにすると、別のオークの首が宙を舞う。
怒号を上げて反撃してきた一体の剣を、キョウカさんは顔も向けずに盾で受け、静かに胸へ突きを入れる。
深く刺さった剣が抜けにくいと判断すると、相手を蹴り飛ばして強引に引き抜き、その躯が仲間を巻き込みなぎ倒していく。
その隙を突いて、戦斧を手にしたオークが後方から迫る。
俺はその懐に飛び込み、腕を交差させて振り下ろされた斧を受け止めた。
「ガッ……!」
鈍い衝撃が腕に響く。空手部時代、テコンドーの仲間と遊びでやった異種格闘戦を思い出す。あの時の“かかと落とし”に似た重さだった。
だが、耐えられないほどではない。
これがローザさんの付与魔法の効果なのだろう。
力比べでは埒が明かない。
俺は体勢を斜め後ろに移動させつつ、腕の位置をずらし、斧を下ろす方向へ誘導した。
オークはバランスを崩し、前にのめる。その動きに合わせて腕を引き、加速をかけながら左肘を顔面に叩き込む。
鈍い音と共にオークの首が不自然に折れ、地面に崩れ落ちた。
そのまま走り出し、前方の二体の間で跳躍。
90度体を捻りながら両足を伸ばし、蹴り込む。
学生時代に真似して笑われた“特撮ヒーローの必殺技”。今、その型が自然に体から出たことに自分でも驚く。
二体のオークの首が反転し、絶命した。
振り返ると、怒れるオークが剣風を伴って迫ってくる。
身体を右に開いてそれをやり過ごし、そいつの足を踏みつけて動きを止め、みぞおちへ肘を突き、顔面に裏拳を打ち込んだ。
喚く暇もなく、その場で崩れ落ちる。
さらに前へ走り、唖然とする敵へ次々に連撃を加える。左正拳、返す拳の鉤突き、そして上段後ろ回し蹴り。
それらの一撃が全てを終わらせた時、キョウカさんは数体の亡骸を背に、ボス格と思われるオークと向き合っていた――。




