第25話 アラフィフ介護士 施設改修費を稼ぎに行く②
オークの姿がぎりぎり確認できる距離の灌木の茂み。その隙を突いて、ローザさんが静かに身を潜めた。
身を低くして様子を伺った彼女は、俺たちに向けて複雑な指の動きを見せる。林の陰からそれを確認したキョウカさんも、同様に鋭い目つきでサインを返した。普段の穏やかな表情が信じられないほど、厳しく引き締まっている。
しばらく無言のやりとりが続き、やがて同じサインを交わして合意に至ったらしい。
キョウカさんは荷物から数本の棒を取り出し、何かを組み立て始める。弓かと思ったが、矢が異様に長く、弓と思われた本体は不自然なほど短い。
彼女が取り出したのは「アトラトル」、古代の投矢器だ。長くしなる矢を使うことで、弓矢以上の破壊力と飛距離を持つ。コンパクトで取り回しもよく、キョウカさんの腕力に見合った武器らしい。
後にローザさんから「あの腕力に耐える弓があると思う?だからアトラトルなの」と聞き、納得したのだが、隣のキョウカさんは恥ずかしそうに俯いていた。
――それはさておき。
準備を終えたキョウカさんは静かに、「合図したら私の後に付いてきて」と言い、林の陰から姿を現すと、アトラトルを三度頭上で振る。
「ブン!」
唸るような風切り音とともに、長い矢が螺旋を描いて飛翔。砦近くを警戒していたオークの胸を真正面から貫通した。その勢いで、オークの身体が一瞬宙に浮いたほどだ。
続けざまに二本目、三本目が発射される。異変に気付いたオークの一体は側頭部を撃ち抜かれ、首ごと壁に釘付けに。もう一体は背中を貫かれ、砦の中へ引きずられるように倒れた。
矢が命中したのを確認する間もなく、キョウカさんの「付いてきて!」の声。
俺はその背中を追って駆け出す。重い装備とは思えない軽快な動きで、彼女は疾風のごとく砦へと迫っていく。
その頃ようやく、異変に気づいた他のオークたちが仲間の遺体へと集まり始める。
その隙を突き、ローザさんが茂みから立ち上がると、手にした紐を頭上で大きく回した。
投石器だ。
十分に加速をつけた石が放たれ、ひとつはオークの頭部に命中。小さな孔が穿たれ、そこから血が噴き出し、勢いのままオークは倒れた。
怒声とともに突進してきた別のオークに対し、ローザさんは慌てず杖を構え、短く詠唱。
オークは棍棒を振りかぶった姿勢のまま、動きを止めた。体が小刻みに震え、何かに抑え込まれているかのようだった。
「拘束魔法ですね。要は、動きを封じるんです」と後にスミットが教えてくれた。
必死にもがくオークに、キョウカさんのロングソードが突き立てられる。心臓を貫かれ、魂はその肉体を離れた。
「これで全部かしら?」とローザさん。
「まあ、こんなものじゃない?」とキョウカさんが肩をすくめる。
俺は以前のゴブリン討伐を思い出す。あの時は人数も多く、ベテランの冒険者のサポートもあった。それに比べ、今のこの二人――彼女たちはあのときの敵なら、瞬く間に片付けていたに違いない。
(この二人を超えるとは言わない。だが、せめて守れるくらいにはなりたい――)
そう思いながら辺りを警戒していると、ローザさんの背後で何かが動いた。夕陽に照らされたその姿は、最後まで潜んでいた見張りのオークだった。
槍を構え、こちらに突っ込んでくる。
まずい!
反射的に俺は飛び出した。腹を狙って放たれた槍を、交わす余裕はない。俺は両膝を抱えるように跳躍し、ギリギリでそれをかわした。
すかさず、左飛び蹴りをオークの顔面に叩き込む。
――バキッ!
オークの顎があり得ない角度で砕け、頭部ごと傾いた。俺が着地すると同時に、オークは崩れ落ち、息絶えていた。
「まだ残ってたの?」とローザさんが振り返る。
「ちょっと力みすぎ」と軽く窘められるが、照れくさい気持ちになって頭を掻いていると、「でも、ありがと」と付け加えてくれた。
……この人も、感謝することがあるのか。
「ケガしてない!? どこか痛めたところは!?」
あわてて駆け寄ってくるキョウカさんの様子は、さっきまでの鋭さからは想像できないほどあたふたしていた。
「ほら、ここからが本番。気を抜かないで」とローザさんが砦の入り口へ向かう。
俺とキョウカさんもその後に続く。
夕闇が迫り、オークの死体を静かに包み込んでいった。




