第23話 アラフィフ介護士 場外乱闘に巻き込まれる
「おお~楽しそうだなあ!」
場違いなドラ声が、俺たちの宴の空気を無遠慮にぶち壊す。
見ると、ひげ面でガタイのいいオッサンが、イアンとローザさんの間にニヤニヤ顔で割り込んできた。
トラディショナルなまでに、前世のドラマやファンタジーで見た“ならず者”そのものだ。
その背後には、同類らしき仲間たちが「いいぞぉ!」と騒ぎながら見物している。
オッサンはイアンに目を向け、にたにたと笑いながら肩に手をかけてきた。
「嬢ちゃん、俺たちのとこに来いよ……いいこと、教えてやるぜぇ……」
なんでこういう奴は、どの世界にもいるんだよと嘆きつつ、怯えた顔のイアンを助けようと席を立とうとした――その瞬間。
「ガシャ!!」
何かが砕ける音とともに、オッサンが白目をむいて仰向けにぶっ倒れた。
「お酒はね、楽しく飲むものよ」
イアンの背後で、ジョッキを持ったキョウカさんが穏やかに微笑んでいる。
さっきまで酔って騒いでいた人とは思えない、静かで落ち着いた表情だった。
オッサンは頭をジョッキで一撃され、痙攣している。
異変に気づいた仲間の一人が「てめえ、やってくれ――」と詰め寄ってきたが、言葉の途中で後ろへ吹っ飛んだ。
ローザさんが、振り返りもせずジョッキ片手に裏拳を叩き込んだのだ。
鼻を押さえてうずくまるその様子に、騒いでいた連中に動揺が走る。
――が、その動揺は一瞬で怒りに変わり、敵意の視線が俺たちに集中した。
学生時代、ヤンキーグループの乱闘に巻き込まれた嫌な記憶が蘇る。
ドールマンに「やるしかないよな」と小声で言うと、彼は黙って立ち上がった。
だがこの場で一番冷静だったのは、ローザさんだった。
すっと立ち上がり、クインシーとイアンにだけ向けてひと言。
「女冒険者がこの世界でやっていくコツ、教えてあげる」
そして、そのまま騒ぎのボス格に向かって歩み寄っていく。
――頭ひとつどころじゃない、明らかに倍はありそうな体格差。
「はっ? 今さら頭でも下げる気か? 『許してください』で――グフッ!」
ボスの言葉が途中で止まる。
ローザさんの左フックが、急所に直撃したのだ。
前のめりになったところに、スカートがふわりと回転。右足の上段回し蹴りが顎に炸裂。
ゆっくりと膝をついた巨体は、そのまま崩れ落ちた。
ローザさんはボスを見もしないで振り返り、クインシーたちに向かって言う。
「男に舐められない。それが女冒険者の第一歩よ」
――静かな、でも力強い言葉だった。
だが、ボス格が倒されたことで事態が終息するどころか、逆に油を注いだ形になった。
「この野郎ォ!」
両手を広げて突進してきた男を、ローザさんは少しだけ体をずらして引き込み――
次の瞬間、一本背負い。
背中から床に叩きつけられた男は、白目をむいて失神していた。
強い――。
これが、自らランクを落としたとはいえ、「ブラックカラー」の実力なのだろう。
俺たちは、その力をまざまざと見せつけられ、言葉を失った。
相手を投げ飛ばしたローザさんの背後に、こっそりと忍び寄る影があった。だが、そいつが手を伸ばすより先に、急に宙に浮き、手足をジタバタさせ始める。
一瞬、魔法かと思ったが――違う。
キョウカさんが、そいつの襟首を片手で掴み、軽々と吊り上げていたのだ。
「まったく、おいたが過ぎること」
静かな笑みを崩すことなく、キョウカさんはそのまま男を後ろの窓へと放り投げた。
絶叫が闇に吸い込まれ、あたりには再び静けさが戻った。
ふと見ると、ローザさんの背後に回ろうとした影があった。
手には短剣。
(おいおい……素手でやるのが暗黙の了解じゃなかったのかよ!?)
「危ない!」
俺は叫び、跳ねるように距離を詰め、膝を抱えて垂直ジャンプ――そのままドロップキック!
そいつは後方に吹っ飛び、カウンターに突っ込んで沈黙した。
「曲芸みたい! トシ君、そっちの才能もあるの?!」
キョウカさんが無邪気に驚いている。感心してる場合か。
背後では、ドールマンがイアンとクインシーをかばいながら、ラリアットで敵をなぎ倒し、まるで“不沈艦”の異名を持つレスラーのように腕を振り回していた。
スミットは「荒事は苦手なんですがね……」とぼやきつつも、酒瓶で的確に敵を叩いている。
グラントは……床で気絶していた。ダメだ、こいつやはり期待出来ない。
そこへ、騒ぎを聞きつけた街の騎士団がドアを開けて乱入してきた。
「何事だ!? この騒ぎは!!」
「みんな、逃げるわよ!」
ローザさんの声で、俺たちは即座に撤退行動に入った。
グラントはドールマンに肩担ぎされ、スミットは女性陣をかばいながら先導している。
……ん? 一人足りない。
振り返ると、キョウカさんがまだカウンターでジョッキを煽っていた。
「な、何やってんの!?」
「ごめ~ん! あたしだけ楽しんじゃって♪ お姉さんのおごりよ! “冒険者の心得”を教えてあげるから!」
違う、そうじゃない。
俺はキョウカさんをお姫様抱っこして、そのまま入り口へダッシュ。
「トシ君すご~い!」と感心してる彼女のジョッキからビールが飛び散ってる。
某・国民的お笑い番組のコント終了時に流れるあの曲が、俺の頭の中で鳴り響く。
俺はただ、ひたすらに走った。




