第19話 アラフィフ介護士 実技研修に挑む④
見る限り、この場に残ったゴブリンは、ボス格と思しき一体のみだった。
巨体から発せられる咆哮は耳をつんざくほどで、不釣り合いなほど大きな棍棒を振り回す姿からは、退く気配など微塵も感じられない。
俺と教官は身構え、ドールマンも盾を構えて腰を落とす。
あと数歩で棍棒が届く――その瞬間、数本の矢がボスの体に突き刺さった。
矢が刺さった箇所から血が雨垂れのように流れ落ちる。
クインシーが残っていた矢をすべて放ったのだ。
動きが一瞬止まり、そこにスミットの火球が炸裂する。
詠唱に全てを込めた渾身の魔法が、轟音と共にボスを包み込み、広場を真っ赤に染めた。
振り返ると、スミットは膝をつき荒い呼吸をしていた。
クインシーも弓を杖代わりに支え、矢筒には一本だけが残る。
教官も立ってはいたが、剣も盾も下ろしたまま。戦いの激しさが全員に刻まれていた。
(終わった――)
そう思った瞬間、俺はウィンドウに映る赤い点滅に気づく。
――まだ、生きている。
視線を戻すと、炎に包まれたボスが、ゆっくりと前進していた。
皮膚は黒く焦げ、炭のようになっているのに、棍棒を振り上げている。
仲間の死を力に変え、不死のように立ち上がったのか。
俺たちは疲弊しきっていた。
クインシーは最後の矢をつがえるも、腕が震えて狙いも定まらない。
あれでは矢を放てても致命傷を与える事も怪しい。
教官も呆然と立ち尽くす。
絶望が場を包みかけたそのとき――
「うおおおおおおォォッ!!」
広場に響いた叫び声。最初に立ち上がったのはドールマンだった。
両腕で盾を抱え、燃え上がるボスへまっすぐ突進。
棍棒の一撃を正面から受け止め、そのまま押し返していく。
火の塊と化したボスを、圧倒的な熱と重さを受けながらも、ドールマンは止まらない。
棍棒を手放したゴブリンは、じりじりと押し込まれ――背後は岩壁。
ゴギンッ。
盾と岩壁に挟まれて響いた鈍い音。それが、勝利の合図だった。
ボスはなおももがいていたが、やがて動きは止まり、黒い灰となって崩れた。
……だが、ドールマンはそれでも前進を続けようとしていた。
異変に気づいた俺と教官が駆け寄る。
「気絶してる……!」と教官がつぶやく。
――彼は、意識を失いながらも戦い続けていたのだ。
良いパンチを食らって無意識のまま拳を振るうボクサーの話は聞いていたが、その実例をここで見るとは思っても見なかった。
だが、感心している暇はない。
「止めろドールマン! もう終わったんだ! 全員助かったんだよ、お前のおかげだ!」
俺は叫びながら、思いきり彼の頬を叩いた。
ようやく力が抜けた瞬間、スミット、イアン、クインシーが駆け寄り、数人がかりで壁から引き剥がす。
重い体が床に崩れ落ち、ようやくドールマンは動かなくなった。
しばらくして――
「……みんな、大丈夫か? え、俺どうなってる? あちぃい!!」
正気を取り戻したドールマンが、自らの火傷に悲鳴を上げる。
「動かないでください!」
イアンが回復魔法を唱えようとするも、暴れる彼に皆がしがみつく。
「熱いって! なんで!? 何があった!?」
その様子に、スミットが苦笑しながらつぶやいた。
「……あなたを抑えるのが、この研修最大の試練ですね」
クインシーも肩をすくめて笑う。
「まったくだわ」
その笑い声が、俺たちの研修の終わりを告げていた。




