第16話 アラフィフ介護士 実技研修に挑む①
茂みから確認できたゴブリンは四体。まずは、こいつらを排除する。
戦術の最終確認を終え、魔術師が詠唱に入る。聞いただけでは再現不能なほど複雑な呪文が響き、杖の先に火球が形成される。鋭い呪文の切れ目とともに、火球が放たれた。
一体に直撃。火に包まれたゴブリンがのたうち回り、隣の仲間も巻き込んで、二体まとめて火達磨になった。
その瞬間、アーチャーの矢が風を裂く。異変に気を取られ、こちらを振り向いたゴブリンの眉間を射抜き、三体目が崩れ落ちる。
狙い通りの展開だった。
残る一体は、あえて見逃す。逃げた先で仲間を呼ぶはずだ。出てくるところを叩いた方が、狭く暗い坑内に突っ込むよりも遥かに安全だ。
教官に意図を伝えると、「冒険者に必要なのは生き残ること。臆病なくらいがちょうどいい」と評価してくれた。
――だが、予定はすぐに崩れた。
タンクを先頭に突入しようとしたその瞬間、何かが疾風のように横を駆け抜けた。
グラントだった。
一気に間合いを詰め、残ったゴブリンを一太刀で斬り伏せる。
呆気にとられる俺たちの前に、得意満面のグラントが戻ってくる。
「な? 言っただろ? 雑魚だって。これが証拠――」
その言葉は途中で途切れた。
「お前! 何考えてるんだ!!」
タンク=ドールマンが胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。雷鳴のような声に空気が一変した。
教官が慌てて間に入り、「まあ、落ち着け」となだめる。
ドールマンはひと呼吸置き、無表情のまま静かに問いかけた。
「……あえて聞くが、ビビったのか?」
仲間割れを避ける意図がその表情にはあった。
だが、ひとりだけ理解できなかった者がいた。
「ビビりすぎなんだよ、お前ら! 見ただろ? 僕一人で十分だった! 慎重にやる意味なんてなかったんだ!」
そこからは独演会だった。
自分がいかに優れているか、家柄がどれほど誇らしいか、未来がどれだけ約束されているか。
そして――
「僕は未来の騎士団長だ! それを証明するために来たんだ!」
そう言い残し、グラントは単身、廃坑の中へと消えていった。
誰も動けなかった。突飛すぎる行動に、全員が麻痺の呪文でも受けたかのように硬直していた。
その沈黙を破ったのは、イアンだった。
「あのままじゃ……死ぬかもしれない。装備も、ちゃんとしてなかったし」
その一言で、現実に引き戻される。
「……あのバカ」
ドールマンがぼそりと呟き、先頭を切って廃坑へ入っていく。イアンが続き、残るメンバーも顔を見合わせて松明に火を灯し、後に続いた。
「これ、まずい状態ですよね……今さらだけど」
俺がぼそっと呟くと、教官は天を仰ぎ、顔を手で覆いながら言った。
「ああいうの、いるんだよ。誇りを持つのは構わないが、根拠のない自信は命を縮める。窮地に陥って初めて気づく奴もいれば――それすら気づかず死ぬ奴の方が、多い」
その口調には、苦い過去を抱えた者だけが持つ重みがあった。
俺はそれ以上、何も言わず、教官と共に廃坑へ入った。
中は想像以上に広く、高い天井があった。崩れかけの岩盤を支える柱と梁が縦横に走り、ところどころに黒ずんだ鉱脈の名残が見える。
左目の「構造把握スキル」で通路の形や分岐は把握できるが、視界が得られるわけではない。
照らしきれない暗がりを、松明の光で探りながら進む。
(そういえば……夜勤の巡回もこんな暗さだったな)
介護士時代の記憶が、ふとよぎる。
そのとき、教官がぽつりと語り出した。
「昔はミスリルが採れた場所だった。金を夢見て人が集まったが……戦争が起きてな。鉱夫たちは兵士として駆り出され、帰ってこなかった」
戦争が終わる頃には、他にもっと豊かな鉱山が開かれ、人の流れは移った。
ここは、“夢の跡”になったのだ。
「夢の跡って奴ですか…」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
「お前さん、冒険者やめても吟遊詩人で食っていけそうだな」
教官が笑う。
「それも、悪くないですね」
そんな会話を交わしていたそのとき――教官が急に剣を構えた。
俺も即座に拳を握り、警戒体勢に入る。
だが、左目のスキルは、まだ“不快な反応”を示していなかった。




