第14話 アラフィフ介護士 プレゼンをする
介護技術のレクチャーを終えてから、養老院の空気は明らかに変わった。
修行の一環として“苦行”扱いされていた高齢者の世話が、技術の導入によって格段に楽になり、修道女達の身体的負担も大きく軽減された。
利用者たちも、「迷惑かけたくない」と遠慮していたのが嘘のように、徐々に活動的になっていった。他の入所者と談笑したり、車椅子で庭を散歩したりする姿が、自然と増えていく。
ローザさんと若い修道女たちとの距離も、少しずつ縮まっていった。近寄りがたい雰囲気を纏っていた彼女が、ふとした瞬間に笑顔を見せるようになったのだ。
――笑顔の美魔女、それはもう反則級の破壊力だった。
そして俺も、ウィンドウ内の「介護能力」にある「作成」スキルの実用性に気づき始めていた。
試すうちに分かったのは、「作成」は素材と記憶さえあれば、頭に思い浮かべた介護用具を組み立てられる能力だということ。たとえば、足首を痛めたお年寄りのために、手元の板や棒を使って補装具を試作すると、驚くほど自然に形になっていく。
それを装着してもらうと、「おお、こりゃあええ!」と年配の方が軽快に歩き出し、修道女たちも目を丸くした。
こうして俺は、現役時代に見てきた「オーバーテーブル」や「三点支持の杖」などを素材を工夫して再現し、次々と導入。みんなに喜ばれていった。
戦闘スキルの「創造」が短時間で無から有を生み出す高コスト魔法だとすれば、「作成」は日常に馴染む“道具の魔法”。介護の現場ではまさに理想的な能力だった。
環境が改善されるにつれ、修道女たちも笑顔が増え、入所者と楽しげに話す様子が見られるようになった。
そんな、少し余裕が出てきたある日。俺の中にひとつの“欲”が芽生えた。
――もっと快適に動けるように、施設に手すりやスロープを設置したい。
前世で福祉住環境コーディネーターの資格を取っていた俺には、ごく自然な発想だった。
「ここに手すりがあれば、一人でトイレまで行けるかもしれないな……」
そんな考えをローザさんに話すと、彼女は意外にも真剣な表情で頷いた。
「それ、あったら絶対にいいわよね」
ただ、建物の規模に対して使える資材や権限は明らかに限度があった。
「じゃあ、私が一緒に修道院長に掛け合ってあげる」
その一言に背中を押され、二人で院長に面会することになった。
俺は必要な設備配置と規模を、ローザさんは必要性を説明。初老の修道院長は熱心に耳を傾けてくれた。
「実は、この養老院の変化は王都の本部にも届いていましてね」
口元にひげを蓄えた院長の言葉に、思わずローザさんと顔を見合わせた。思った以上に影響は広がっていたらしい。
しかし、問題はやはり予算だった。
最終的に院長がギルドに相談してみるよう、推薦状を一筆したためてくれた。そして――俺がギルドへ出向くことになる。
「私も行く!」と割って入ってきたのはキョウカさんだ。
「ちょうど街で買い物もあるしね」と、やけに張り切っている。
女の子と二人で街へ――高校時代に何度夢見たことか。思わずニヤけそうになるが、そこにローザさんが口を挟んだ。
「これは修道院からの“正式な依頼と交渉”なの。私が同行しないと」
「手紙届けるだけでしょ?」とキョウカさんが反論するも、
「ただ渡すだけじゃないのよ。あなた、内容を説明できるの?」
正論でバッサリ切り捨てられ、キョウカさんは渋々引き下がった。「はいはい、先輩の顔は立てないと」と、表情は妙に不満げだったが。
そんな微妙な空気のまま、俺は両手に花状態でギルドに向かった。
応接室に通され、ギルド長と対面。プレゼン担当はローザさん。修道院長への説明同様、論理的かつ的確で、まさにキャリアウーマンの完璧な話しぶりだった。
ただし、間違いなく「怖い女上司」のランキング上位だ。
ギルド長からは、「うちの養老院は接遇レベルが高い」と感謝の言葉をいただいたが、やはり予算には厳しかった。
戦争で人手が減り、ようやく人口が戻りつつある今。他の事業にも資源を回さなければならないという。
そこでギルド長が静かに提案する。
「実は、困っている討伐依頼がある。報酬には色をつけよう。その金で設備整備は十分まかなえるはずだ」
その瞬間――キョウカさんの目が変わった。
「戦闘で済むなら、それに越したことないね。最近なまってたし、トシ君がいれば楽勝よ」
柔らかな笑顔ではなく、鋭く光る戦闘モードの目付きに変わっていた。静かに、だが容赦のない闘気が滲み出ている。
ローザさんも椅子から身を乗り出し、
「養老院のこともあるし、私も動くわ。あんたらだけに戦わせて、自分が後ろでふんぞり返ってるなんて、性に合わないのよ」
……いや、二人とも明らかに殺気立ってる。
俺は思わず黙り込んだ。それに気づいたキョウカさんが、覗き込むように問いかけてくる。
「どうしたの? 話、長くて疲れちゃった?」
その声音と笑顔は、いつもの優しいそれだった。だからこそ、余計に怖かった――。




