第12話 アラフィフ介護士 介護技術をレクチャーする。
元タンクのヘストンさんを介助して動かしたことをきっかけに、俺はこの世界で「雑用係兼、介護(魔法扱い)技術の導師」という妙な立ち位置になってしまった。
最初に見せたのは、地面に座った状態から車椅子へと移す“移乗介助”。
これはキョウカさんと出会うきっかけにもなった技術だ。
その動作を説明したときの、皆の驚きようといったらなかった。
ほかにも、寝ている人を無理に引き起こすのではなく、足を曲げ、体を横に倒してから上半身を支える方法など、ちょっとした機会に何度か見せた。
どれも前の世界では介護の基本。しかしこの世界には「身体動作」や「ボディメカニクス」といった概念自体がない。
そのため技術を披露するたび、周囲は目を見開いた。
介助のコツは、要介助者の重心の下に自分の重心を置き、体を密着させて支えること。
これができれば、相手も無理なく動かせるし、自分の腰や膝も痛めずに済む。
俺がいた現場では、ベテランが無理な介助を続けて腰を壊し、泣く泣く辞めていった姿を何度も見てきた。
だからこそ、俺はこう繰り返した。
「無理せず、慌てず」
「お年寄りの世話も大事だけど、自分の体と心も守って」
それは、入所者との人間関係に悩み、若くして辞めていった後輩への悔いがこもった言葉だった。
もっと話を聞いてやれていれば——そんな思いは今も心に残っている。
この話をキョウカさんにしたところ、思わぬ返事が返ってきた。
「私だけじゃなくて、ローザさんにも話してあげて」
俺の目には、キョウカさんとローザさんはあまりうまくいっていないように見えていた。だから少し驚いた。
「なんだかんだ言って、最初に仕事を教えてくれたのはあの人なの。戦士以外の生き方もね。
この体格でしょ? 若いころ、怖がられることが多かったの。似た人もいなかったし……」
そう言って、キョウカさんは昔話を語り始めた。
「『オークの雌になんか世話されたくない』って言われてね。しょげてた時、あの人が庇ってくれたのよ」
ちょっと青春漫画みたいなエピソードだった。
「『人とオークの区別もつかないの? それで冒険者?』って啖呵切って、その人と大喧嘩してね。二人で修道院長に怒られたの」
あの気の強さにも、裏打ちされた過去があるのだろう。
「あの人も昔は冒険者だったから、黙ってられなかったんだって」
キョウカさんは少しだけ微笑んだ。
「彼女、本当に熱心で、この仕事に誇りを持ってる。でもその気持ちが強すぎて、人と距離を取ってしまうことがあるの。本人も悩んでる」
……前の職場にもいた。
熱心すぎて、かえって孤立してしまう人。
「自分ができるのに、なぜあなたはできないの?」——そう思ってしまい、誰かを追い詰めてしまう。
若かった俺は、何も言えなかった。ただ後悔だけが残った。
だからこそ、今回は伝えようと思った。
**「技術は、伝えてこそ意味がある」**と。
そして、ローザさんにもそれを伝えるため、養老院で講習会を開くことにした。
俺が見本を見せ、それを修道女たちが真似する形式。
小柄な修道女ばかりの中で、介助する側は必然的に俺。される側は……キョウカさん。
介助では体を密着させるのが基本だ。特に転倒時などは、相手の体に自分の体を滑り込ませるようにして支える。
結果として、俺の顔はキョウカさんの胸元に埋まるような形になった。
……前世では独身だったが、それなりに「店」に通ったこともある。
入浴介助で女性の裸も見慣れていた。耐性はあるつもりだった。だが。
若返った俺の心臓は、予想以上に正直だった。
「やばい……焦るな……!」
そう思えば思うほど、顔が熱くなる。力が入り、さらに押し付ける形になってしまい――
息が、できない。
柔らかい。でかい。いい匂いがする。非常にまずい。
だが、悪くない……いや、まずい!
キョウカさんの胸越しに、トクン、トクンと鼓動が伝わってくる。
その優しい音が、ますます俺を追い詰めていった——。




