第11話 アラフィフ介護士 立位介助する。
(ああ、やっちゃったなあ)
そんな思いで見ていると、ローザさんが慌てて駆け寄り、前に回ってヘストンさんの腕を引っ張り始めた。
「だから急いで歩かないでって言ったでしょう……」
ヘストンさんも「年じゃのう……まさかこんな所で転ぶとは」と苦笑しながら立ち上がろうとするが、どうやら腰を痛めたらしく、動くたびに顔をしかめている。
ローザさんは手に余ると感じたのか、大声で他の修道女を呼び出した。
俺もそばで見ていた手前、無視もできずに駆けつける。
応援に来た修道女とローザさんが「せーの!」と力を込めて引っ張るが、ヘストンさんの巨体はびくともしない。
「構わないで!これは私たちの仕事だから!」
手を貸そうとした俺は、ローザさんにぴしゃりと拒まれてしまった。
ハンサムショートに眼鏡のクールビューティーと外見そのままに性格もきつめでプライドも高い。完全に相手にされていない。
もう一人が後ろから押しても効果はなく、「誰かキョウカを呼んで!」と声を上げるが、「キョウカさん、今は別の方に付き添っています!」との返事。
焦りと疲れの入り混じった表情がローザさんの顔に浮かぶ。
このまま放っておくのも後味が悪い。俺は静かに声をかけた。
「……あの、ダメ元で俺にやらせてもらえませんか?」
「この人、重いわよ? あなたより大きいし……」
ローザさんは明らかに困り果てていた。もはや藁にもすがる気持ちだったのか、渋々その場を譲ってくれる。
――お手並み拝見ってところか。
俺はこれまで、もっと大柄な利用者を何度も相手にしてきたし、何より現場経験が違う。
まずヘストンさんの背後に回り、腕を組んでもらう。
俺の腕をその脇から差し入れて、しっかりと腕をつかみ、片足を横に、もう片方を背中に密着させて足場を作る。
「合図で動きますよ」
声をかけ、一度後ろに引きながら、前方斜め上に力をかけて押し上げる。
相手の身体を無理なく起こす基本の立位介助だ。
「なんじゃこりゃ!? これが魔法なのか!? 信じられん!」
自分の足で立ったはずなのに、ヘストンさんは目を丸くしていた。
ふと周りを見ると、ローザさんともう一人の修道女の表情が固まっている。
(……あれ? やっちゃったか?)
何となく嫌な予感が走る。
「あなた! 今の何!? 魔法でしょ!? 二人がかりでもダメだったのに、一人で!? それも小柄なあなたが!? これ、絶対に魔法でしょ!? どの神様の呪文なの!?」
ローザさんは俺の両肩を掴み、ガクガクと揺さぶりながら詰め寄ってきた。
……キョウカさんがコッズさんを立たせた時に驚いてた反応を思い出す。
ローザさんも負けず劣らずのリアクションだ。
騒ぎを聞きつけて、キョウカさんと数人の修道女が駆けつけて来たのだが、既にヘストンさんは普通に立っていたので、「……どゆこと?」という顔で事情を尋ねてくる。
「トシゾウさん、すごいんですよ!」
さっきの若い修道女が、堰を切ったように先ほどの一部始終をジェスチャー付きで説明し始めた。
まるで昔のプロレス実況のアナウンサーだ。
語り口の熱さに、周りの修道女たちも次々に声を上げ始める。
その様子を、少し離れた場所でキョウカさんが見ていたのだが、そこで浮かべたドヤ顔が、今でも忘れられない。




